蘇生拒否、葛藤 願いに背く処置 救命士、残る罪悪感
朝日新聞 2019年6月25日
東北地方の消防本部で現在、使われている救急車の内部(地域がわかる表記を加工しています)
心臓が止まっているなら、蘇生は望まない。でも救急隊には来てほしい。多死社会を迎える中、こうした場面が増えている。蘇生処置をすべきか。対応は地域でわかれるが、蘇生中止を認める動きが広がり始めている。
「私たちの嘆きがわかっていない」「これ以上苦しめないで」。東日本の消防本部の救急救命士は、家族らがこう訴える中、涙をこらえて救急搬送した経験があるという。
「末期がんの女性の呼吸が止まった」と通報を受けて駆けつけた。家に入ると、女性の周りを家族が取り囲み、「よくがんばったね」と頭をなでていた。居合わせた訪問看護師が、一枚の紙を見せて「蘇生しないで病院に運んでほしい」と頼んだ。
紙には、女性のものとみられる手書きのサインと、救急病院の医師の名前があった。病院に連絡したが、主治医は出張で不在。当直医に「業務ですから」と断り、家族には「蘇生して搬送します」と伝えた。家族の憤りが伝わってきた。「あのときの罪悪感は、はっきりと残っています」
総務省消防庁によると、心肺停止で救急搬送される高齢患者は増加傾向が続く。70歳以上の人は2017年に9万人超で、全体の72%を占めた。
都道府県庁所在地と政令指定市の計52消防本部に聞いた朝日新聞の調査では、32本部(62%)が蘇生拒否で対応に苦慮した経験があり、約4割の20本部は、記録上または現場の感覚として増えていると答えた。
一方、蘇生拒否への対応はバラバラだ。厚生労働省研究班の12年の調査では、救急救命東京研修所で研修中の隊員277人が回答。47人(17%)が蘇生を希望しない意思を書面で示されたことがあり、12人が蘇生を中止していた。所属する消防本部が中止をルール化していた例もあれば、蘇生して搬送する消防本部のルールに背いて中止した例もあった。
調査をした研修所の田邉晴山教授は「隊員は傷病者の意思に沿って活動したいと思っていても、救命が責務で制度に相反するからと、中止になかなか踏み込めなかった」と指摘する。
■国の基準、求める声
蘇生中止を認める動きは広がっている。流れを作ったのは、救急医や救急隊員らでつくる日本臨床救急医学会が17年にまとめた提言だ。かかりつけ医に連絡して指示があれば、蘇生中止できる手順を示した。
東京消防庁は、かかりつけ医の指示があれば中止できる運用を年内にも始める方針。横浜市消防局も市の検討委員会が学会の提言を踏まえた活動を求め、6月から議論を始めた。
総務省消防庁も昨年度から法律家を交えた検討会で議論を始めた。初の実態調査も実施。具体的な消防本部名は明かしていないが、全728本部のうち、約46%が対応方針を定め、14%が一定の条件で蘇生中止を容認していた。今回の朝日新聞の調査と合わせると、都市部の本部でより広がっている実態が浮かんだ。
こうした中、国に対応を求める声は強い。朝日新聞の調査では、83%の本部が「国の統一的な基準や見解が必要」と回答。「死のあり方という人の尊厳にかかわる問題に地域差は望ましくない」「消防法の観点から搬送せざるを得ない」といった意見もあった。消防庁の議論の結論を待ち、蘇生中止を認めるか検討する考えの本部も複数あった。
ただ、実態把握が不十分との指摘もある。このため、消防庁は今夏にも開く検討会で議論に区切りを付ける見通しだが、見解や基準は示さず、実態把握を進めていく方針だ。
国の統一的な基準や見解がないと、蘇生拒否への対応が地域ごとに異なる状況が続く可能性がある。しかし、救急救命東京研修所の田邉さんは前向きにとらえる。検討会では蘇生中止の活動が紹介され、問題があるとの議論はなく報告書に載った。「つまり、責務や法制度に反することではない。蘇生中止も選べる状況なら、おのずと多くの本部が傷病者の意思を尊重する選択をすると思う」
■「持ち直すかも」119番、揺らぐ家族
「蘇生を希望しないなら119番通報してほしくない」。救急隊員はこんな思いも抱える。ただ、茨城県の診療所で在宅医療に取り組む照沼秀也・日本在宅救急医学会理事(60)は、最期に救急車を呼ぶことは「決して悪くないし、すべてを避けることはできない」と話す。
自宅でみとると話し合っていても、年に1組ほどはこうしたケースがあるという。約2年前にも、乳がん末期の女性の容体が急変し、夫が119番通報した。女性は翌朝、病院で亡くなった。連絡を受けた照沼さんが搬送先の病院に着くと、夫はこう説明したという。「どうしても生きていてほしかった。ひょっとしたら持ち直すんじゃないかと思った」
国は、人生の最終段階でどんな治療やケアを受けたいか、家族や医師らと話し合って記録に残す取り組みを広げようとしている。厚生労働省は昨年、「人生会議」と名付けた。
だが、最期について決めるのは容易ではない。
95歳で亡くなった義母の介護を13年間続けた、洋画家でタレントの城戸真亜子さん(57)はいよいよの時、義母を救命救急センターに運んでもらった。だが搬送後に心肺蘇生は断った。長く生きてほしい。しかし、弱った体は蘇生に耐えられないに違いない。認知症の義母と最期について話し合うことはできず、迷った末のことだった。「家族は悩み、最後まで揺らぐ。それこそが命の大きさなのではないでしょうか」
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