【東京】見過ごされた“困窮死” 痩せ細った72歳と66歳の兄弟死亡
NHK 2020年2月6日
去年12月、東京 江東区の集合住宅で72歳と66歳の兄弟が痩せ細った状態で死亡しているのが見つかりました。電気やガスが止められ食べ物もほとんどなく、困窮した末に死亡したとみられています。
発見された遺体 体重は30キロ台と20キロ台
去年12月24日のクリスマスイブ、江東区北砂の集合住宅で異臭がすることなどから通報があり、駆けつけた警察官が、男性2人の遺体を見つけました。
警視庁によりますと、死後4日から10日ほどたっていて事件性はないと判断されました。
その後の関係者への取材によりますと、亡くなったのはこの部屋に住む72歳と66歳の兄弟で、いずれも痩せ細っていて低栄養と低体温の状態で死亡したとみられています。体重は兄は30キロ台、弟は20キロ台しかありませんでした。
料金の滞納で電気やガスが止められていて、電気が通っていない冷蔵庫に入っていたのは里芋だけでした。水道も5か月前の去年7月から料金を滞納し、止められる直前でした。
兄弟は台東区の生まれで、およそ20年前から江東区のこの部屋で2人で暮らしていたということです。いずれも年金はありませんでした。
弟はかつて運送会社に勤務していましたが、現在は無職。兄は警備会社に勤めていて、その給料が2人の唯一の収入だったとみられていますが、去年9月ごろから体調を崩して働けなくなっていました。
近所づきあいはほとんどなく、兄弟が困窮していたことを知る人はいませんでした。
集合住宅の同じ階におよそ30年住んでいるという80代の女性は「2人が亡くなっていたことも知らなかった」と話していました。
親族とのつきあいも途絶えていて、2人の遺体を引き取った唯一の親族によりますと、最後に会ったのはおよそ15年前だということです。
この親族は「亡くなったことを知らせる警察からの電話で、初めて2人が困窮していたことを知った。遺影もなく、葬式もせずにそのまま火葬してもらった」と話していました。
さらに江東区の福祉担当の部署も、先月にNHKから取材を受けるまで今回のケースそのものを把握しておらず、兄弟は福祉の支援を受けていませんでした。
区によりますと、亡くなった2人から生活保護の申請や相談はなかったということです。
経済的困窮死は過去にも
経済的に困窮した人がみずから声を上げず、生活保護など福祉の支援を受けていないケースは珍しくありません。
厚生労働省によりますと、平成28年の「国民生活基礎調査」をもとにした推計では、所得が生活保護の基準を下回る世帯のうち生活保護を受けていない世帯はおよそ6割に上ると推計されています。
その中には、今回のように深刻な事態に至ってしまうケースもあります。
平成24年には札幌市で40代の姉妹が電気やガスが止められた部屋で死亡しているのが見つかったほか、さいたま市でも60代の夫婦と30代の息子の親子3人が痩せ細った状態で死亡しているのが見つかりました。
区は困窮者対策も発見できず
江東区では困窮している人たちを福祉につなげようという取り組みを進めてきましたが、今回の兄弟を見つけることはできませんでした。
江東区によりますと、区は75歳以上の高齢者のみの世帯を訪問する事業などを行っていました。ところが、72歳と66歳だった兄弟は対象にはなりませんでした。
また、5年前には東京都水道局と協定を結び、料金滞納が続き生活に困窮している様子がうかがえる場合などは、水道局から区に情報を提供してもらうことになっていました。
水道局によりますと、兄弟は去年7月から料金滞納が続いていて、11月以降、担当者が電話や訪問を試みましたが、生活困窮の状況を直接確認することができず、区への通報は行われませんでした。
江東区長寿応援課の加藤章子課長は今回の兄弟のケースについて、「あらゆる取り組みをしてきたがそれでも把握できなかったもので、これまでの取り組みが不十分だったとは思っていない」と話しています。
協定を結んでいた東京都水道局からの情報提供がなかったことについては、「決して水道局と連携がとれていなかったとは考えていない。連絡すべきことが出てきた場合には区に連絡してくれるよう再確認していきたい」と述べました。
そのうえで、「把握できない困窮者についてどういったことができるのかは今後検討すべき課題だ。ライフライン事業者に限らず多くの方々と連携を図りながら取り組みを続けていきたい」と話しています。
教訓生かされていない実態
困窮死の問題が各地で明らかになった平成24年以降、全国の自治体で対策が進められてきたはずでした。
厚生労働省は困窮している人たちを早い段階で見つけて福祉につなげるため、全国の自治体に通知を出して電気や水道などライフラインの事業者と連携するよう求めました。
料金を滞納している困窮者に関する情報などを事業者から提供してもらい、支援が必要な人を見つけるしくみです。
水道局からの情報 5年で8件にとどまる
これを受けて各地の自治体とライフライン事業者が情報提供の協定を結んでいます。
このうち東京都水道局は都内で水を供給しているすべての区市町と協定を結んでいます。
しかし、水道局によりますと、平成27年度から昨年度までの5年間に23区で通報した困窮者の情報は合わせて8件にとどまっています。
料金の滞納で水道を止める措置の対象になっている人は23区でおよそ5万人に上りますが、生活が苦しい人だけでなく、支払いを忘れていたり、お金があるのに払わなかったりする人が珍しくないということです。
東京都水道局は「現場の担当者が、その世帯が困窮しているか見極めることは難しく通報すべきか見分けることは簡単ではない」としています。
また、東京電力は、東京都と平成28年に協定を結んでいるほか、23区ではおよそ半数の区と個別に協定を結んでいます。
料金滞納で電気を止める前に社員が訪問した際などに困窮している人からの申し出を受ければ、福祉や行政の窓口に情報を提供するとしています。
これまでに情報を提供した件数について東京電力では把握していないということです。
東京ガスは、利用者の困窮を把握した場合は行政の支援窓口があることを利用者側に伝える取り組みを進めていますが、都内の自治体対して困窮者の情報を伝えた事例はないということです。
専門家「疑わしい情報 すべて通報するしくみを」
社会福祉士で生活困窮者の支援を行っているNPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典理事は、困窮している人がみずから助けを求めようとしないケースは少なくないと指摘します。
藤田理事は「お金がなくて生活保護を申請するのは恥だと思っている人が多く、孤立している場合は誰かに頼るハードルが非常に高くなってしまう。『自分で責任を取る』『自分で頑張る』という価値観を持つ人も非常に多い。周囲が気付いた時には手遅れになってしまうので、外側から『大丈夫ですか?』『今困っていませんか?』と声をかけていくことが必要だ」と話しています。
そのうえで「水道などの料金滞納は困窮している人を発見する上で重要なポイントだ。本人が何も語らなくてもライフラインの滞納で困窮が明らかになり、それが命を救う情報になる」と指摘しています。
ところが、今回のケースでは、協定があってもライフラインの事業者から行政への通報がごくわずかな件数にとどまっていることが明らかになりました。
これについて藤田理事は「しくみとして全く機能していない。多くの犠牲を受けてできたしくみなのに、機能しなければ犠牲になった人たちの思いが反映されないことになる。形ばかりの協定では意味がなく、疑わしい情報はすべて行政に通報するしくみにすべきだ」と指摘しています。
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