【東京】開設7年目の診療所が東京で120床の病院開院の訳-安井佑・やまと診療所院長に聞く◆Vol.1 病院名は「おうちにかえろう病院」

M3.com インタビュー 2019年10月13日 (日)配信聞き手・まとめ:高橋直純(m3.com編集部)

 東京都板橋区・練馬区を中心に在宅診療を行う「やまと診療所」。2013年の開業から7年目の今年、新たに病院設立に動き出した。新病院は、その名も「おうちにかえろう病院」。地域包括ケア病床120床のみで、2021年春に開院予定だ。やまと診療所院長の安井佑氏に新病院開設に至った経緯や在宅医療に対する考えを聞いた(7月17日にインタビュー。全2回)。

――2021年春に東京都板橋区に「おうちにかえろう病院」を開設するとのことですが、最初に病院の概要をご説明ください。

 2013年に東京都板橋区に在宅医療に特化した「やまと診療所」を開業し、2015年に医療法人社団焔(ほむら)を設立しました。「自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中をつくる。」を理念として掲げています。板橋区の自宅看取り件数の約30%を当院が担っています。新しく作る病院は2021年4月に開業予定で、120床全てが地域包括ケア病棟となります。

「おうちにかえろう。病院プロジェクト」サイトより
――病院の機能を次のように説明されていますね。どのような問題意識があって病院を作ることになったのでしょうか。

 在宅医療を通じて、患者さんのご自宅での生活の様子、その方の自分らしさとは何かを存じ上げているスタッフが、 入院中も同じ視点で支えます。

・急性期治療を終え、自宅に帰るための準備を必要とする方(ポストアキュート)
・自宅で生活してきた。けれど、少し状態が変化して治療を必要とする方(サブアキュート)
・自宅で生活してきた。けれど、ご家族が一時的に休息を必要とされている方(レスパイト)
・自宅で十分に生きた。最期は家族に迷惑をかけたくない、一人で生活し続けるのは難しいなどの理由から入院を必要とされる方 (ターミナル)

 開業して、最初の2年間は、「そもそも自分が在宅で看取りができるか」がテーマでした。一生懸命やればできるということは分かったので、次の2年間は他の人でもできるんだろうか、すなわち自分たちを拡張できるのだろうかという挑戦でした。それも、人材育成の仕組みを作ることで何とかできそうだと見えてきました。
 直近の2年間では、非がん患者を含めて地域でどのように高齢者の生活を支えていくシステムを作るのかが問題になっており、その中で病院という構想が出てきました。現在、約100人のスタッフがいますが、4年目の終わった時点では30人ぐらいだったので、直近2年間で70人増えたことになります。在宅看取りという領域では、全国の診療所で見てもTop5に入るぐらいの規模になりました。
 しかし、我々が掲げる理念が実現できているかというと、まだまだです。板橋区でも在宅看取り率は10%以下です。その原因を考えたとき、医療従事者の在宅への認識の低さの問題もありますが、それと同時に高齢者の人生の最終段階の過ごし方のイメージを変えていくことが必要だと感じています。患者さんはやはり不安で、だから病院にいく。不安故に病院の入退院を繰り返しながら亡くなっていくことがあるとしたら、そこで「我々は病院もあるから、いざという時は入院できますよ」と病院があるということで安心してもらえれば、結果的には入院しなくて済むこともあるかもしれません。実は現在でも、僕らが在宅で介入している患者さんは、がん、非がんどちらでも7割の方がご自宅で最期を迎えられています。

――現状の地域の中小病院ではその役割は果たせてないのでしょうか。

 地域の中小病院であっても、どうしても急性期寄りの“病気を治す”マインドが強い傾向はあると思います。入院加療中にその人の自宅での生活を支えるという視点は弱くなってしまいがちです。
 入院させてしまうとなかなか帰ってこられないというのは、多くの在宅医療の先生たちが感じていることのようです。我々の患者さんでも、月に全患者のうちの4-5%は入院しますが、帰ってこられるのは半分以下です。こういう状況があって、在宅での生活を支えるという視点で運営できる病院がほしいという発想になりました。

――ゼロから病院を立ち上げるということで、最初は何から手をつけるのでしょうか。

 診療所開業5年目から検討を始めました。最初は何から手をつければよいのか全く分からなかったので、大規模病院グループや大手商社などにも話を聞きに行きました。そこから「5つの奇跡」と呼んでいる、数々の苦難を乗り越えて、実現に至りました。全部は説明できませんが(笑)。
 そのうち一つをお話しすると、2次医療圏ごとの基準病床数は5年に1度決まりますが(※編集部注:今後は6年に1度になる)、それが去年でした。多くの地域では病床数は過剰ですが、東京都西北部医療圏(板橋、練馬、北、豊島の各区)は人口が増えていたため、今回の改定で470床の配分が出ました。1年でも病院を作ろうと考えるのが遅かったら、間に合いませんでした。

――「おうちにかえろう病院」というのは正式な病院名なのでしょうか。

 正式名称です。「おばあちゃん、ずっとうちに帰りたいって言ってたよな」というご家族の後悔の声を聞くたびに、我々はもっと頑張らなくてはと奮起します。現在畳の上で最期を迎えることができる方は10人に1人もいません。病院は本来「病気を治療」する目的で一時的に滞在する場所であって、長く生活をする場所ではないはずです。我々の病院は最初から一刻も早く「おうちにかえろう」と言い続けます。

――まさに「地域包括ケア病棟」の役割を果たす病院ですね。現状の地域包括ケア病棟の在り方についてはどのようにお感じでしょうか。

 中医協でも議論になっていましたが、全国の地域包括ケア病棟の受け入れ患者は、自院の急性期から来る人が6割となっているようですね。ポストアキュートとも言えますが、急性期の延長線上として使われているケースも多く、地域との距離が大きいところもあるようです。

――2021年開院に向けて、現状はどのような段階でしょうか。

 今、ちょうど基本設計が終わって、詳細設計をやっているところです。年末に入札をして、2019年度内に着工、理想的には2021年の4月に開業したいと思っています。

――スタッフは何人ぐらいでしょうか。

 病院だけでも150人ぐらいにはなると思います。その中で医師は少なくとも15人ぐらいは必要です。ただし、あくまでも地域で患者さんを診続けるというスタンスは変わらず、そこに病棟という武器が加わるというイメージを持っています。
 そもそも在宅医療とは、地域の中に病床があって、医局からの距離が長くなっただけだと考えると、その中で医師が、24時間のモニターが必要だったり、集中的に治療したかったりする時に病院で預かって、そのままこれまでと同じ視点で治療をする。そして速やかに自宅に帰す、という発想です。医師の働き方としては例えば今は1日10軒地域を回って帰ってきていますが、1日7軒地域を回って、病院に寄って自分の担当患者3人診て、そこで終わるという感じになればと考えています。
 看護師も例えば「週3日は訪問、週2日は病棟」という働き方ができるようになるかもしれない。リハスタッフも病院での訓練の成果が、家での生活でどう役立っているかを見られるようにしたいです。

 現在、診療所のスタッフが約100人で、2年後には150人になる予定です。病院が150人なので、法人全体では最低でも300人になっています。

――公式サイトでは現在、スタッフを募集されていますが、どのような医師に来てほしいと考えていますか。

 患者さま、ご家族の「生き方」を支えたいと思っている医師です。在宅医と病棟医の違いの一つに、自分が治療の対象と認識している時間の長さがあるかもしれません。病棟医は、病気を治すために現在何が起きているのかにフォーカスする必要があります。在宅医は、患者さんの時間をトータルでプロデュースするために、時間の横軸に対する意識が強いのではないかと思います。その人の人生を支えたいと思った医師たちが使いやすいと感じる病院を目指します。

――在宅医はどのようなマインドや専門知識が必要なのでしょうか。

 ドクターに関しては、専門知識よりは、今言ったような考え方に共感できるかどうかを重視しています。これまでの経験やスキルセットは問わないです。病院で一定の医療経験があれば、意思決定支援や在宅での環境調整は他の医師に交じってカンファレンスを行い、現場で多くの患者さんと接しているうちにどんどん身についていくと考えています。
 とはいえ、初期研修2年終わっただけでは難しいです。なぜかと言うと、病院の中で患者さんがどんな医療を受けて、どういう時間経過をたどるのかを知らないと、長い時間軸で患者さんを支えることができないからです。だから、外来で人を診たことがある、入院で人が亡くなっていく経験は少なくとも欲しい。どの科であっても、最低でも5年ぐらいはみっちりやってほしいなとは思います。

――新病院ではICTを活用した業務効率化にも取り組むとお聞きしました。

 在宅医療を行う際にはヒューマニズムを最大限に重視していくわけですけど、それと同時に仕事の効率化にも取り組みたいと考えています。病院はペーパーレス、キャッシュレスを目指します。
 また、センサーを使って取れるデータ、いわゆるライフログを積極的に活用していきたいです。例えば現在の看護師が病棟でバイタルを取るためのラウンド作業に多くの時間を使っています。ウェアラブルデバイスを付けてもらえば、24時間少なくとも皮膚温と心拍数は取れます。これから呼吸数やSATなどのデータも遠隔で取れるようになってくると期待されます。
 さらにライフログという点では、本当に評価したいのはADLとQOLです。入院しているとき、自宅に帰ったとき、それぞれどれぐらい動いているかは、ウェアラブルに三次元の加速度計が付いているので、測定できます。ビーコン(位置情報を把握する装置)を院内に配置しておくことで、行動パターンも一定程度把握できます。
 ご自宅でも例えばベッドの下のマットレスにセンサーを設置することで、本当に寝ているかどうかも分かります。睡眠剤がどれくらい効いているかも検証できますよね。医学的な介入が生活にどう影響しているかという新しいエビデンスを出すことができればとてもエキサイティングです。人はどうやって年老いて死んでいくのかという生活上のデータは、今誰も持ってないのではないでしょうか。

安井佑(やすい・ゆう)
1980年、東京都新宿区生まれ。2005年、東京大学医学部を卒業後。国保旭中央病院で初期臨床研修を行う。2007年よりNPO法人ジャパンハートに所属し、ミャンマーで約2年間国際医療支援に従事。杏林大学病院、東京西徳洲会病院などでの勤務を経て、2013年4月に東京都板橋区高島平にやまと診療所を開業する。2015年に法人化を行う。

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