介護崩壊~2040年への序章 在宅医が「首都圏脱出」を真剣にすすめる理由

毎日新聞 2019年6月26日

長く在宅医療に携わってきた小野沢滋医師
 医療、介護分野で人手不足が叫ばれている。多くの医療、介護難民が生まれることが予想される2040年にかけて、私たちは何を準備し、どんな選択をすればいいのか。専門家インタビュー第1回は、亀田総合病院(千葉県鴨川市)で在宅医療部門をけん引し、現在は神奈川県相模原市で在宅医療専門「みその生活支援クリニック」を運営する小野沢滋医師。人口動態に基づく医療、介護の将来予測と課題を聞いた。小野沢医師は「最大の問題はヘルパー不足。高齢者にとって、特に首都圏がもっとも危ない街になる」と警告する。その理由は?

 ――医療プレミア連載「超高齢化時代を生きるヒント」でも介護崩壊の予測をお書きいただいています。全国的に見て、高齢化率と要介護率が最も高まるのはいつごろでしょうか。

 ◆小野沢滋医師 地域によって差があります。首都圏では25年以降も高齢者が増え続け、40年から60年ごろまでピークが続きます。50年ごろには、第2の人口の塊である団塊ジュニア世代が後期高齢者になります。地方では、県庁所在地や中規模都市で30~40年ごろピークを迎えるでしょう。現在でも過疎と呼ばれる地域、たとえば千葉県の南房総地域などは高齢化のピークはとっくに過ぎていて、あとは縮小するだけです。介護崩壊は、実は都市部の問題です。
 日本の人口は今後数十年間減少トレンドです。高齢化率40%、つまり人口1億人に対して高齢者が4000万人の時代が来ます。生産年齢人口も同時に減りますから、要介護者をヘルプする人手と税収がさらに足りなくなる。介護基盤が崩壊し、その状態がおよそ40年にわたって続くことこそが、危機の本質です。

 ――首都圏は特に状況がひどくなるのでしょうか?

 ◆例えば、横浜市の過去から未来への人口動態を見てみましょう。1975年には80歳以上の人は約1万5000人でしたが、15年には約22万人に増えました。40年にはこれが約32万人になります。
横浜市の今後の高齢化の推移予測を示すグラフ=小野沢医師が人口データを基に推計
 また死亡数は年約3万3000人ですが、25年には約6000人増えて約4万人になり、60年には約5万人に達します。この時点で今より1万6000人死ぬ人が増える。これくらいの死亡数が横浜市では2060年以降も続きます。
 大都市部で高齢者が増え、死亡者が増えるとはどういうことかというと、孤独死が増えるということです。
 田舎では隣近所の付き合いがありますから、まだ助け合いが残っていますが、都市部では期待できない。みんな自宅の玄関に鍵をかけて閉じこもっている。まず圧倒的に介護要員が足りない状況で、税収も下がって自治体にお金がなくなり、高齢者のケアが難しくなる。ケアする人手がいなくなると孤立する高齢者が増えます。そして、必然的に孤独死が増えるのです。

メガロポリス高齢化にどう対応するか
 ――とても怖い話です。東京都区部はどうでしょうか。

 ◆東京23区の要介護者数推移を調べたデータがあります。それに基づいて私が試算したところ、15年に約35万人を超えた要介護者は、60年には約63万人になる見通しです。1970年代生まれの団塊ジュニア世代がちょうど、介護が必要な80代に突入したあたりです。
東京23区の要介護者数推移予測のグラフ。2060年には63.9万人に達するとみられている=小野沢医師が人口データを基に推計
 一方、その時点で働く人は約640万人から約330万人に減ると予想しています。税収は下がり、福祉予算にも影響が出るでしょう。東京は他都市と違って若年世代の流入が多い都市ですが、今後、周辺地域の人口も減るわけですから、流入を維持できるかどうかはわかりません。
 医療、介護関係者にとって将来、東京を含むこのメガロポリスの体制をどうするかが大問題になっています。1都6県の約3000万人が今後さらに高齢化すると、人口3万人の地方都市が高齢化するのとはまったく異なる様相が表れます。要介護者の数、独居高齢者の数は膨大なのに、介護要員も施設も足りず、逃げ出そうにも逃げ出す先がありません。

 ――施設で介護を受けるのは難しくなるのでしょうか。

 ◆地方都市は昭和から平成にかけて交付金、補助金で高齢者用施設を作り、うまく高齢者を収容してきましたが、東京周辺は地価が高く、施設が少なく費用も安くありません。
 特に、昭和の高度成長末期に生まれた団塊ジュニア世代は、バブル崩壊後の就職氷河期に就職活動がうまくいかず、その多くが非正規雇用、低賃金で過ごしています。生涯貯蓄は少なく、60年時点で施設に入る費用をまかなえない人が多数出ると見ていいでしょう。 
 では自宅で介護を受けられるかというと、仮に今の減少傾向が続くとすると、介護要員とヘルパー数は要介護者に比べて圧倒的に足りなくなります。もしかすると、例えばヘルパー訪問は週2回がやっとで、週2回デイサービスを使いながら、80代の老妻が80代の夫を自宅で介護する風景が当たり前になるかもしれません。悪夢のようですが、おむつ交換は最悪1日に1回という事態にもなりかねないのです。

首都圏が直面する独居高齢者の問題
 ――高齢で1人暮らしの場合はさらに悲惨な状況になりそうですね。

 ◆もともと東京は在宅死が多い都市です。現在は死亡数のおよそ2割が在宅死で、うち3分の2が死亡診断を書けない死亡、つまり孤独死や自殺です。警察の検視が必要です。孤独死の半数が、死後4日以上たって発見されているというデータもあります。
 さらにその多くが男性です。特に会社員として一生懸命働いてきた男性は社会や地域とのつながりが薄く、高齢になって孤立しがちです。それこそ、だれかの家や部屋の前を通って変な臭いがしたら「人が亡くなっているのかもしれない」と疑って、警察に通報する日常が来るかもしれません。

2060年の人口構成
 いろいろな人口動態と医療、介護の人員を見ると、私は高齢になって東京に住み続けるのは危険すぎると考えています。病院には長くいられないし、施設にも極めて入りにくいですから。すでに高齢化のピークを迎え、今後高齢人口が増えず、かつ施設が十分に余っている地方への移住を真剣に考えるべきだと思います。

 ――地方といっても、どこがいいのでしょうか。

 ◆すでに高齢化がピークに達し、今後高齢人口は減る土地で、かつ地域の拠点病院があり、高齢者施設もある場所がいいでしょう。中でも九州は人口比で病院数、病床数、施設数が多く、もともと在宅死が少ない土地柄です。今後人口や患者が減るので移住者は歓迎されるかもしれません。関東地方では千葉県鴨川市がおすすめです。

 ――ヘルパーを増やせる見通しはあるのでしょうか。

 ◆私が訪問診療を始めた十数年前、まだ介護保険制度がなかった時代は、お金を持っている人は自費でお手伝いさんを雇っていました。住み込みで月給35万円程度だったでしょうか。今、住み込みの人と同じ量の作業を介護保険でやると約120万円かかります。
 ですが、ヘルパーへの給料は安いまま。介護保険から事業者に支払われた介護報酬がヘルパーに適正に支払われていない可能性があります。介護事業を民間の営利企業に任せたことがヘルパー不足の一因だと思います。 
 悪徳業者のサービス悪用を防ぐために、厚生労働省が介護サービスを細分化したことも良心的な事業者とヘルパーを疲弊させています。制度の抜本的な見直しをしないとヘルパーの待遇は上がらず、労働環境も悪いままです。応募は増えないでしょう。

 ――高齢化で医療や介護費用増加が予想され、国はその抑制にかじを切ったように見えます。医療、介護サービスはこのままどんどん削られるのでしょうか。

 ◆ふさぐべき制度の穴はまだいくつもあります。医療保険のケースですが、かつて神奈川県内に、高齢者施設への訪問診療で荒稼ぎしていたクリニックがありました。医師が高齢者施設に訪問診療に行って、半日で30人から40人の入所者を診るのです。当時1件の単価は約4万円でしたから、半日で120万円以上の診療報酬が入っていました。
 元皮膚科や整形外科の医師が、きちんとした研修も受けずに施設に行って内科的な診療をしている。1時間半で40人ですから、おそらく聴診すらしないでしょう。国民が拠出した保険料がそのように使われている実態があります。民間事業者を参入させたはいいが、国は監視を怠っています。
 医療も介護もさまざまな制度疲労が進み、現場で働く人にお金が回らないようになっている。国が医療費や介護費を圧縮しようとして、一番弱いところにしわ寄せが来ています。

「2060年まで介護危機が続くことが、本当の危機」と語る小野沢滋さん=吉永磨美撮影
 ヘルパーの業界団体は力が弱く、文句を言えません。一方、医師会は政治力を持っているので不利益変更に対してすぐに声を上げます。国会議員や厚生労働省は、声の大きい団体の利益を優先するのではなく、本当に国民が幸せになるにはどうしたらいいかを考えてほしいですね。

 ――ヘルパーの待遇をよくする方策はありますか?
 ◆今後、ヘルパーは医師よりもはるかに貴重な人材になります。まず手をつけられるのは、地域の医師会が請け負っている健康診断のうち無駄なものをやめ、その費用をヘルパーの待遇改善に回すことでしょう。
 健康診断の中には効果がはっきりしないながら惰性で続いているものがあり、また病気の早期発見はできても死亡率を下げる効果がないものもあります。その費用を振り替えるだけでヘルパーの賃金を月数万円は増やすことができます。
 現場の実感から、今いろいろな制度を見直さないと、40~60年にかけて高齢者介護、医療は悲惨な状況に陥ります。介護崩壊の危機がずっと続くことを多くの人に知ってもらい、危機感を共有してもらいたいと考えています。そして、どうすれば多く人が幸せで穏やかな晩年を過ごせるのか、みなさんと一緒に考えたいのです。

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