介護の人材不足、頼みは外国人 先進地ドイツでは

朝日新聞 2019年6月9日
 ベルリンの語学学校「カール・デュイスベルク」。「自分の専門領域について議論できる」レベルの資格を目指すクラスで、4人のフィリピン人がドイツ語を学んでいた。 4人はフィリピンで看護師の資格を持つ。ドイツで専門職「高齢者介護士」として働こうと、二国間協定「トリプル・ウィン」でドイツへ来た。午前は語学を学び、午後は介護施設や病院で研修を受けている。
ドイツ語を勉強するフィリピン人のグレン・バリトルさん(右から2人目)=ベルリンの語学学校「カール・デュイスベルク」 昨年12月にドイツに来たグレン・バリトルさん(28)は当初、経済連携協定(EPA)の枠組みで日本に行くことを考えていた。だが募集の期間が合わず、ドイツの募集に応募したところ採用されたという。 介護現場でドイツ語が分からないこともあるが、「働きながら覚えられるし、学校にも通わせてもらっている」。勉強の費用は雇用主負担だという。 「ドイツでの生活は気に入っているし、収入もよくてフィリピンの家族にお金を送れる。他の国でさらに大きなチャンスがない限り、ここに一生いたい」 ベルリンの高齢者・障害者向け集合住宅では、ボスニアとセルビア出身の3人が、入居者の体温を測ったり、呼吸機器のチェックをしたりしていた。 3人は昨年5月にトリプル・ウィンでドイツへ。ボスニアとセルビアでは、看護師の資格を持っていたが職が見つからず、募集に応じたという。セルビアから来たボジダール・ボザノビッチさん(25)は、「母国で看護関係の仕事をしても給料はドイツの6分の1程度。金銭的な魅力が大きかった」と話す。 母国で語学学校や独学でドイツ語を勉強していた3人。ボスニアから来たヨバン・パンテリッチさん(23)は「ドイツ語は難しいけど、母国では職がないし、頑張って勉強するだけ」。 3人はヘルパーとして施設で働きながら、高齢者介護士を目指す。ボスニアから来たネヴェヌ・ミルコビッチさん(24)は「介護の仕事で人を助けたい。頑張って資格を取り、ドイツで働き続けたい」と意気込む。 3人が働く「A&S隣人ケア」の担当者は、「彼らは優秀で勤勉。会社に何人外国人がいるかなんて数えたこともなく、国籍は重要ではない。大事なのはしっかり働いてくれるかどうかだ」と話す。
人材争奪戦、日本の競争力は ドイツと同じく介護の人手不足が深刻な日本では、4月から新しい在留資格「特定技能」での受け入れも始まった。受け入れルートは広がるが、関係者は外国人に日本を選んでもらえるか、不安を抱く。 千葉市の特別養護老人ホームでは、2015年からEPAの枠組みでベトナム人を受け入れている。国内では人が集まらなかった。日本人を採用するよりコストはかかるが、仕方なかった。 状況は厳しさを増している。施設長は、選ぶのではなく、選んでもらう状況が年々強まってきていると感じる。送り出し側の人数に比べ、求人数が増えているからだ。施設長は「彼らにとって日本は有力な選択肢の一つ。だが、給料やサポート態勢次第で、他国も選ぶようになっている」と話す。 この施設で働くベトナム人女性(24)は、来日前、SNSで海外で働く友人から情報を収集。給料などの待遇を調べ、ここを選んだ。「日本は安心できる国で文化も豊か。日本語学習の時間もとれて給料がよく、住居手当もあったので選んだ」。介護福祉士の資格をとり、日本で働き続けたいという。 千葉県南房総市の中原病院の介護療養病床で高齢者の食事を手伝っていたのは中国人の技能実習生。人手不足のため、昨年10月から8人を初めて受け入れた。中原和徳理事長は「働きぶりにとても満足している」と話す。
写真・図版 高齢者に話しかける中国人技能実習生=千葉県の中原病院 8人は入国時にN3(日常会話や新聞の見出しが理解できるレベル)の日本語資格を持っていた。国が定める入国時の基準はN4(ややゆっくりの会話であれば、ほぼ理解できるレベル)だ。 受け入れを仲介した監理団体は、8人のように基準を上回る語学能力を持つ人材を今後も紹介できるかわからないという。「世界は人材争奪戦。送り出し国も発展し、日本の給料のメリットも少なくなり、優秀な人材を獲得するのが難しくなる。人材レベルが下がり、N4では実習生にも雇う側にとっても不安が広がるだけ」と担当者は語る。現在は監理団体と受け入れ施設に任されている語学学習について、国が資金面などで支える仕組みを作ることなどが必要と訴える。 中原理事長は語学学習などのノウハウはないといい、「今後、語学に不安のある人が来たら、対応を考えないといけない」と話す。    ◇ 〈トリプル・ウィンとドイツの介護人材不足〉 トリプル・ウィンはドイツが2013年から、欧州連合(EU)域外の国と結ぶ二国間協定。母国で看護師や介護士の資格がある人が、ドイツで専門職の「高齢者介護士」を目指す仕組みで、教育費用などは主に雇い主が負担する。相手国はフィリピンやセルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナなど。看護関係の就職先が不足する国が対象で、これまでに2千人以上を受け入れ、今年は約800人を予定している。 ドイツは介護の人材不足を移動と就労が自由なEU域内の外国人で補ってきたが、EUの国々でも高齢化が進み人材確保が難しくなってきた。このため、施設に一定数の配置が義務づけられ、特に不足が深刻な高齢者介護士について、EU域外の欧州やアジアから専門職の候補者を集め始めている。
ドイツで働く日本人ヘルパー「大変だが満足」 「言葉の違いは大変だし、給料も高くない。でも普段は残業もなく、有休も必ず取れるので満足している」 ベルリンの高齢者施設で2013年から働いている日本人女性(42)は、今の仕事についてそう話す。 ドイツの介護資格は、施設に一定数の配置が定められている専門職の「高齢者介護士」と、「ヘルパー」の二つ。女性は現場責任者の高齢者介護士のもと、ヘルパーとして認知症の高齢者らを介護している。日本で介護の仕事をした経験はない。 ドイツの高齢化率は21・7%で、日本(28・1%)よりは低いが欧州の中では高い。こうしたなか、ドイツも日本と同様に介護人材の不足が課題になっている。 女性が働く施設でも辞めていく職員が多く、常に求人の状態。外国人も採用しており、現在職員約100人のうち5人ほどが外国人だ。 介護職で働く外国人の多くは、移動と就労が自由な欧州連合(EU)の国々から来る。ドイツ語を話せない定住希望の外国人は、語学やドイツの文化を学ぶ「統合コース」の受講が法律で義務づけられている。 ドイツ人男性との結婚をきっかけに10年にドイツに来た女性も、このコースを受講した。計600時間の講義を1時間約1ユーロ(約125円)で受け、「仕事で主な情報が理解できる」とされる語学資格を取得。その後、ヘルパーを養成する学校に通った。 女性は「少ない自己負担でドイツ語学習の機会を与えてくれたのはありがたかった」と振り返る。当初、職場ではドイツ語を理解できないこともあったが、同僚に助けてもらったり、外国人向けの介護テキストで独学したりしながら慣れていった。 外国人の職員が増えた時には、やることリストや報告書の書き方のノウハウを分かりやすく示すなど、職場には外国人を受け入れ慣れている雰囲気がある。仕事中も外国人だからと特別扱いされず、「仕事ができるかどうか」だけを見られていると感じる。 普段は残業がなくても、人手が足りない時期は労働時間が長くなり、心身に負担がかかる。その状況を踏まえ、昨年のクリスマス会で施設長が、こう切り出した。「隣の介護施設はアジアから看護師資格のある5人の外国人を受け入れて訓練中らしい。隣がうまくいくなら、うちの施設でも受け入れたい」 ドイツ政府は、アジアなどにも募集範囲を広げている。女性は「これからますます外国人が介護現場に増えていくのでは」とみる。
ターゲットはアジア人材、ドイツより日本選ぶメリットはあるか ドイツでは介護職員の約1割が外国人で、増加傾向にある。労働市場や移民の調査をするドイツ経済研究所のカール・ブレンケさんは背景として、「移住と就労が自由なEU加盟国が増えるにつれて、ドイツに人が流れてきた」と指摘する。多くがEUに加盟する東欧諸国の出身。ドイツでは約3倍の賃金が得られることが大きな理由だという。
写真・図版 ボスニアやセルビアからドイツに来た3人。「高齢者介護士」という専門職資格を取って働くことを目指す=ベルリン
 介護人材が不足するドイツ側も、積極的にEU域内の外国人を受け入れた。だが、多くの外国人は、不足が深刻とされる高齢者介護士を目指さず、ヘルパーとして働くのが現状。「資格取得のために、英語圏ではないドイツでは言語のハードルが高い。他国の高齢化も進むなか、給料の優位性もなくなったら人は来なくなる」と話す。 介護士の労働環境に詳しいヴェルディ労組のマルグレート・シュテファンさんは、「そもそも高齢者介護士になるメリットが少ない」と話す。高齢者介護士になるには約3年間の実習や勉強が必要で、働き始めてからは現場の責任者として負担の重い仕事を担う。それなのに、賃金は時給で見るとヘルパーと大差ないという。 そこでドイツは2010年ごろから、高齢者介護士の候補者に限り、EU域外から外国人を受け入れ始めた。ベトナムとの協定や、フィリピンやセルビアなどとの協定(トリプル・ウィン)を結び、看護師や介護士の資格を持つ外国人を募る。シュテファンさんは「介護職の給与は全産業平均より3割ほど低く、まずは待遇の改善が必要。国内でもなり手がいない仕事を外国人にやらせるのはおかしい」と話す。 ドイツの介護事情に詳しい淑徳大学の結城康博教授(社会福祉学)は、「アジア諸国の外国人がドイツより日本を選ぶメリットは距離の近さ程度だ」とする。ドイツと日本の介護職の給料に大きな差はないが、「ドイツは3週間ほどのバカンスを使って母国に一時帰国できるし、残業もほとんどない。介護現場に外国人を受け入れてきた歴史も長く、雇う側にも抵抗がないので働きやすい」とみる。 介護資格の試験でも、ドイツは母国の資格や経験が考慮される点が魅力になっているとして、「日本も、母国での資格などに応じて試験の一部免除などを検討していい」と指摘する。さらに、日本語教育や魅力的な職場作りも大事だと強調。「そうしたことをおざなりにして、外国人を介護現場の人材不足を一時的に補う労働力とだけ見ていては、日本は選ばれなくなるだろう」と語る。
言葉通じぬ家事労働者、介護どこまで担える? ドイツでは、介護が必要な人の多くが自宅で暮らしている。連邦統計局によると、2017年現在、要介護者は約340万人で76%が在宅、24%が施設での生活だ。在宅介護の一部を、外国人の家事労働者が住み込みで担っている現状がある。 ポーランド出身のダヌータ・リソフスカさん(45)は昨年12月から、88歳の認知症の女性宅に住み込みの家事労働者として働く。女性は一人暮らし。3人の子どもは海外などに働きに出ているという。
写真・図版 外国人家事労働者のダヌータ・リソフスカさん(手前右)と話す弁護士のフレデリック・シーボームさん(中央)。リソフスカさんはドイツ語が話せないため通訳を介した=ボン
 リソフスカさんはドイツ語をほとんど話せないが、「会話はしない。困ったらスマホで言葉を調べる」。介護の仕事の経験はなかったが、事前に1週間の研修を受けた。家では薬の管理をしたり、移動の介助をしたりする。外出には女性の許可をもらう。 ポーランドでは就職先がなく、この仕事を選んだ。給料は月1250ユーロ(約15万6千円)でポーランドの3倍稼げる。3年前から、約2カ月働いてはポーランドに戻ることを繰り返す。「仕事にも給料にも満足しているし、高齢者にも喜ばれる。これからも続けたい」 リソフスカさんを派遣する業者も加盟する「在宅家事支援・介護協会」事務長で弁護士のフレデリック・シーボームさんは「彼女たちは、家族がしてきたことを代わりにしているだけ。私たちは事前教育もして、専門的な介護はさせていない」と話す。 こうした家事労働者による介護の質や、家事労働者の権利が守られているかといったことが、ドイツで議論になっている。 介護職の労働環境を調べるヴェルディ労組によると、家事労働者は掃除や料理の他、排泄(はいせつ)や移動の手伝いなどの介護はできる。一方、包帯の交換や服薬などの医療の側面が強い介護はしてはいけないという。「外国人家事労働者の多くが社会保険に入らず、ドイツ語も話せず、法に反して医療的な介護もする場合が多いのです」と同労組のマルグレート・シュテファンさんは指摘する。ただ、具体的な行為が合法か違法かの線引きは見解が分かれることも多いという。 在宅介護の事業所で働く高齢者介護士ショルティセック・アンナさん(59)は、利用者の状態を把握したりスタッフの仕事ぶりを見たりするために、利用者の家を巡回する。家によっては住み込みの家事労働者の外国人が介護をしていることも珍しくないが、「彼女らはドイツ語が話せないし、技術も知識もない。安全面がとても不安だ」と話す。 以前は家族が介護しつつ、外部の介護サービスを併用する形が一般的だった。だが、家族が仕事を持つ傾向が高まるにつれ、介護サービスへの依存度も高まり出費が増加。外国人家事労働者に介護をさせる市場が広がったという。 通常の介護サービスを24時間使うと月7千ユーロ(約87万円)近くかかるともされ、介護保険の現金給付や年金でもまかなうことが難しい。一方、住み込みの家事労働者なら、派遣業者への支払いは月2500~3千ユーロ(約31万~37万円)ほどだという。 シーボームさんは、現状の外国人家事労働者の給与で働くドイツ人はいないとした上で、「現状は利用者も働き手も、ウィンウィンの関係」と指摘。「もし外国人家事労働者による介護を一切認めなくなれば、高齢者は行き場を失う」と話す。 東欧諸国から住み込みで働きに来る外国人家事労働者は20万人とも50万人とも言われる。家庭内で行われるため、介護の質や労働者の置かれた状態についての問題が表面化しづらく、実態把握は進んでいない。
医療行為の線引き、労働条件…課題山積 このような現状を変えようとする動きもある。 外国人家事労働者の人権を守ることを目指す公益事業団体「VIJ」は、主に東欧諸国の外国人を200人ほど雇い、在宅介護をする家庭に住み込みで派遣をする。 特徴は、▽ある程度のドイツ語能力を確保▽事前研修で、やってはいけないことが書かれた誓約書にサインする▽ドイツの社会保険に加入▽勤務時間を規定する▽(VIJが)不当な中間搾取をしない、などだ。 この団体は、8年前から外国人家事労働者からの相談を受け始め、3年前に独立して事業を始めた。利用料は月2600ユーロ(約32万円)で、給料は月1800ユーロ(約22万円)ほど。雇う際には電話で面接して、ドイツ語能力も確認するという。 理事のユッタ・アルントさんは「私たちの事業規模は小さいがモデルケースとして、少しでも市場に刺激を与え、現状を変える機運を作りたい」と話す。 野党左派党のブレーンとして、介護分野の助言をしているハイケ・プレスティンさんは、「この問題は政治が目を背けてきた。政治がしっかりと制度を作り、介護の将来を安心なものにしないといけない」と指摘する。

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