「緊急避妊薬」使うなら72時間以内に産婦人科へ

毎日新聞 2019/4/7
 「無防備な性行為をしてしまったけれども、いま妊娠したら困る」「性行為中にコンドームに穴が開いてしまった」……。そんな時、望まない妊娠を避ける手段として利用されているのが緊急避妊薬「ノルレボ錠(商品名。一般名は『レボノルゲストレル錠』)」だ。健康保険が利かず高額な薬ですが、3月19日、ノルレボと有効成分が同じジェネリック(後発医薬品)の「レボノルゲストレル錠『F』」が発売されました。ジェネリックは一般に価格が安いため、いくらか利用しやすくなるのではないかといわれています。医療ライターの福島安紀さんが、緊急避妊薬とはどのようなものなのか、新宿レディースクリニック院長で産婦人科医の釘島ゆかりさんに取材しました。
 ◇ホルモン動態を変えて妊娠を回避する薬 緊急避妊薬「ノルレボ錠」は、性行為から72時間以内に1回服用することで、妊娠を回避させる薬。避妊に失敗した後の翌朝に服用するので、「モーニングアフターピル」「アフターピル」とも呼ばれる。女性ホルモンの黄体ホルモン(プロゲステロン)と同じ成分が配合された薬で、ホルモン動態を変化させて排卵を遅らせ、受精卵が子宮内膜に着床するのを阻害する。パートナーと避妊せずに性行為をしてしまったりコンドームに穴が開いてしまったりした女性だけではなく、レイプなど性暴力を受けた時に望まない妊娠を避ける方法としても活用されている。 「ノルレボ錠の妊娠阻止率は添付文書で示された海外の臨床試験では84%ですが、性交後、早く服用すればするほどその効果は高まります。避妊に失敗したり不安に思ったりしたら、できるだけ24時間以内に産婦人科を受診してください」と釘島さんは強調する。 ここでいう「妊娠阻止率」は、月経周期のうちどの時期に性交したかに基づいて、薬を飲まなかった場合に妊娠する予想人数を算出し、そのうちどの程度の妊娠が阻止できたかを求めた値だ。妊娠阻止率84%とは、妊娠する女性の人数が約6分の1に減ることを意味する。なお、米国の研究では、妊娠可能な女性が排卵日付近に性行為をすると8~36%の確率で妊娠するとされる。 一方、紹介した臨床試験では、1198人の女性が薬を飲み、うち16人(1.34%)が妊娠していた。
 ◇薬代と診察代で1万5000~2万5000円 緊急避妊薬を入手するには、医師の処方が必要だ。産婦人科以外に、内科、救急当番医などで処方している場合もある。避妊は病気の治療ではないので、保険診療の対象にはならず、自費診療だ。ノルレボ錠の処方にかかる費用は医療機関によって異なり、診察料と薬代で1万5000~2万5000円かかる。新宿レディースクリニックでは、診察料と薬代で2万1600円、説明のみで緊急避妊薬を購入しない場合は4320円だ。 主な副作用は、吐き気・嘔吐(おうと)、下痢、不正性器出血。服用後、3日~3週間で月経のような出血があることが多いが、妊娠初期にみられる少量の着床出血と見分けがつかない場合もある。そのため、新宿レディースクリニックでは、服用から3週間後に妊娠検査薬で妊娠の有無を確認することを勧めている。 ノルレボ錠で回避が期待できるのはその直前の性行為による妊娠であり、服用後にコンドームなどを使用せずに性行為を行えば妊娠する可能性があることは覚えておきたい。次の月経が来るまでは性行為をしないか、コンドームなどで避妊する必要があるのだ。
 ◇ジェネリック導入で自己負担が半分前後に 医療機関によっては、中学生が緊急避妊薬を求めて来院することもある。望まない妊娠を回避するためとはいえ、薬代が高額であることで服用をちゅうちょする人がいるのも事実だ。そこで、女性の負担軽減のために導入が期待されていたのがノルレボ錠のジェネリックだ。富士製薬工業は、3月19日に「レボノルゲストレル錠『F』」を発売した。この薬も健康保険の適用外なので医療機関によって費用は異なるが、ジェネリックを使えば、自己負担額は先発品であるノルレボ錠より少なくなるとみられる。 一方、患者の自己負担が少ない緊急避妊法として、ノルレボ錠よりも安価(3000~1万円程度)な「ヤッペ法」を選択肢として提示する医療機関もある。中用量ピルの「プラノバール錠(一般名・ノルゲストレル・エチニルエストラジオール)」を妊娠の可能性のある性交後72時間以内と、その12時間後の合計2回服用する方法だ。ノルレボ錠が日本で発売された2011年5月より前には、緊急避妊薬として一般的に使われていた。 釘島さんは、「ヤッペ法は避妊効果が約60%とノルレボ錠より低い上、薬が含む女性ホルモンの量が多いために、吐き気・嘔吐、食欲不振などの副作用が強いのが難点です。緊急避妊薬は最も効果が高く、副作用が少ない薬を選択すべきです」と指摘する。ノルレボ錠も同じだが、プラノバール錠は服用から2時間以内に吐いてしまうと効果が期待できないため、嘔吐の副作用が起こると妊娠を回避できない恐れが高まってしまうのだ。 海外では、女性が気軽に入手できるように、ノルレボ錠を高校の保健室で無料配布したり、市販薬として2000円程度で販売したりしている国がある。厚生労働省によると、米、英、独、仏、豪、カナダではいずれも、処方箋なしで買える。 日本でも、市販薬化を求める声が高まり、17年7月、厚生労働省の専門家会議「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」で、ノルレボ錠の医療用医薬品から市販薬への移行が検討された。しかし、悪用や乱用の危険性や日本国内においては経口避妊薬の知識の普及や使用率が低い状況にあることなどを委員が指摘し「時期尚早」として市販薬への転用が見送られた経緯がある。
 ◇緊急避妊薬へのアクセス改善の動きも 忘れてはならないのは、緊急避妊薬には「72時間以内(海外で使われているものには150時間以内のものもある)に使わないと効果が期待できない」というタイムリミットがあることだ。首都圏には、新宿レディースクリニックのように日曜日と祝日にも診療している産婦人科があるが、地域によっては連休の時に処方が受けられなかったり、産婦人科に入るところを知人に見られたくなかったりといった事情で緊急避妊薬にアクセスしにくいところもある。アクセス改善のためにスマートフォンを用いたオンライン診療での処方を始めたクリニックもあり、厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」でその是非が議論されている。検討会では、委員らが、アフターピル専門を商売にするオンライン診療ができる恐れや、産婦人科医が刑事事件につながる性暴力被害に対する相談に乗れなくなる恐れがあることについて指摘している。 「オンライン診療では薬を郵送しなければならないため、手違いが起これば72時間以内に服用できなくなる恐れが懸念されます。確かに、緊急避妊薬を必要とする女性のアクセス改善は必要かもしれませんが、市販薬化するのであれば男性は購入しにくくするなど、性犯罪に悪用されないようにする工夫が不可欠です。また、インターネット通販での購入は、緊急避妊薬が本物ではないリスクがあるのでお勧めできません。そもそも、ノルレボ錠が高額なのは、緊急避妊薬は最終手段であり、安易な利用や乱用を避けてほしいからです」 そう話す釘島さんは、今は妊娠を希望しないけれどもパートナーと性行為をする可能性のある女性には、低用量ピルの服用による避妊の検討を勧める。低用量ピルのほうが、体への負担が少なく避妊効果も高いからだ。出産経験があり長期間避妊を希望する女性には、「子宮リング」とも呼ばれる子宮内避妊具IUS(Intrauterine System)かIUD(Intrauterine Device)を挿入する方法もある。IUSとIUDは、受精卵が子宮内膜に着床するのを防ぐ器具で、授乳中は利用できない低用量ピルとは異なり産後2カ月から着用できる。 なお、性犯罪・性暴力の被害で緊急避妊薬を利用する時には、犯罪被害給付制度を使えば自己負担なしで処方が受けられる。ショックでどうしていいか途方に暮れる女性も多いが、最寄りの都道府県の性犯罪被害相談電話窓口につながる「#8103」をダイヤルするか、各都道府県にある「性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター」に問い合わせてみるとよいだろう。

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