抗がん剤中止、元気なのに… 「死の宣告」避けたい医師
朝日新聞 2019年2月21日
主ながん治療の一つ「抗がん剤」は、再発・進行したがんでは、一部を除いて治癒させることは難しく、効かなくなるときが訪れる。そのとき、どうするか。患者、家族、医師らが難しい判断に向き合うかぎは、対話にありそうだ。 京都府内の70代女性は2006年と12年に肺がんの手術を受けたが17年に再発した。手術はできずに抗がん剤治療が始まった。 特定の遺伝子変異があると使える分子標的薬から始まり、次いでがん細胞の増殖を抑える薬。免疫細胞に作用してがんへの攻撃を促す免疫チェックポイント阻害剤2種類と続いた。だが効果はみられず、昨年11月末に亡くなった。 その1週間ほど前、付き添ってきた次女(51)は、薬による積極的な治療をさらに続けるか悩んでいた。新たな検査で特定の遺伝子変異が見つかれば、別の薬を試せたからだ。「家族としては治療を打ち切る判断はしにくい。でも次の薬もうまくいかずに体力が奪われれば、寿命を縮めるのではないか」 一方、女性は痛み止めの医療用麻薬の副作用で意識がもうろうとしたときなどに「しんどい、死にたい」と言うこともあった。次女は「本人の意思がわからなくなったらどうしたらいいのか」と困惑していた。 がんは早期なら手術などで治せることが多く、手術後に抗がん剤を使って根治の可能性を高めることもできる。一方、様々な部位への転移や再発が起きると、多くの場合、根治治療がない。延命や症状緩和を目的に抗がん剤が選択肢になるが、効かなくなったり、副作用が強まったりする。使い続ければ、生活の質(QOL)を下げ、体の状態を悪化させることもある。 肺がん患者を多く診る京都府立医大の高山浩一教授(呼吸器内科)は「患者さんに体力があり、治療の意思があれば、個人的にはできる限りのことをしたい」と話す。しかし、「治療をいつまで続けるかは、同じ職場の医師の中でも意見が分かれるほど」という。 医療技術の進歩でがんは長く付き合う病になりつつあるが、依然、日本人の死因で1位のままだ。 治療中止の判断はなぜ難しいのか。抗がん剤治療に詳しい日本医科大学武蔵小杉病院の勝俣範之教授(腫瘍(しゅよう)内科)は、がん患者は亡くなる1カ月前ぐらいまで元気でいられることを理由の一つに挙げる。 再発・進行がんへの抗がん剤治療は、科学的根拠に基づき診療指針で推奨される治療(標準治療)が最善となる。最も効果が期待できる薬から使い、効かなくなれば次に変える。だが、使える薬がなくなったり、副作用の害がまさったりする段階が通常は、体の状態が悪化する前に訪れる。 「これ以上治療はありませんと医師が患者に伝えても、『こんなに元気だから何かできるのではないか』と患者には思えてしまう」と勝俣さんは指摘する。 中止は「死の宣告」ととらえられがちで、治療が死の直前まで続くこともある。がん患者の遺族200人への調査「がん患者白書2016」によると、亡くなるまで抗がん剤などの積極的な治療を受けていた患者は32%、1カ月以内では65%に上った。 抗がん剤の継続は副作用だけでなく、適切な緩和ケアが受けられなかったり、望むようなみとりを迎えられなかったりする問題も指摘されている。この調査でも亡くなるまで積極的な治療を受けている人で、一般病棟やがん専門病院で亡くなるケースが多かった。 治療の目的や方針が患者側にきちんと伝わらずに、治療が続けられることもある。医師は多忙で説明に十分な時間をさきづらく、「悪い知らせ」を伝えることに強い心理的な負担を感じることも多いためだ。 こうした現状の背景には、意思疎通への医師らの軽視が垣間見える。 発見が難しいスキルス胃がんで16年に夫の哲也さんを亡くした轟(とどろき)浩美さん(56)は、主治医とのやりとりが忘れられない。がんが見つかった時点で転移があり、標準治療はないと告げられた。何かできないかとインターネットなどで民間療法を調べて相談したら、「効果と安全性が確かなら標準治療になっていますよ」と突き放された。 残された治療法はないと告げられたように感じ、「私たちにとっては命の限りを告げられていることに等しかった」。相談できるところがなく孤立を深め、手当たり次第に根拠のない治療や民間療法に手を出していった。勝俣さんは「医師の言い方次第で患者の人生が変わりうる。言葉の伝え方も手術や薬と同じように大事な治療法の一つだ」と話す。
抗がん剤、いつまで 再発・進行がんに対し、生存期間を延ばす効果が示された薬は増え続けている。近年は「オプジーボ」などの免疫チェックポイント阻害剤が登場。一部の種類のがんの限られた患者に対しては劇的な効果が報告されている。 「オプジーボでよくなるかもしれないという思いは医師にもある」と東北大の井上彰教授(緩和医療学)は指摘する。「進行がんや再発がんは根治は難しい。患者に過剰な期待を持たせるべきではない。医療者も期待を抱き過ぎている側面がある」と述べる。 一部の難治血液がんを対象に、遺伝子治療技術を使う新たな免疫療法「CAR(カー)―T細胞療法」の薬も承認される見通し。さらに「がんゲノム医療」も本格化する。標準治療を受けられない患者らを対象に、がん細胞の遺伝子を網羅的に調べ、効きそうな薬を探し出す手法で、今春に保険適用される見込みだ。 こうした技術の進化が、中止の判断をさらに難しくする。治すことが困難ながんに、いつまで積極的な治療を続けるか。厚生労働省研究班は、抗がん剤をやめるかどうか、患者の意思決定を手助けするプログラムの開発を進める。 医師に質問しやすくするため、患者から多く出る質問を例示する冊子を作成。これを使い、研修を受けた看護師らと1時間ほど話し、患者に考えを整理してもらったうえで、医師と面談する。 新年度以降、プログラムを使うグループと、使わないグループに分け、意思決定の葛藤の強さや抑うつ状態などを調べて、効果を検証する。対象は200人ほどを想定している。研究代表者を務める、国立がん研究センター中央病院の内富庸介・支持療法開発部門長は「抗がん剤の中止は死を意識させ、伝えるのが難しい。ただ、患者と家族が最期の過ごし方を考えることが先延ばしにならないよう、医師のコミュニケーション能力を高めるとともに対話できる環境整備が必要だ」と話す。
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