介護ロボット導入「離職防止にならない」 横浜の特養に密着
マットレスの下に設置されたセンサーにより、要介護者の状態を把握する「眠りSCAN(スキャン)」=横浜市
「お前は役立たずだ」-。横浜市金沢区の特別養護老人ホーム「ラスール金沢文庫」で、特に負担が重いとされる夜勤の現場を密着取材した。職員の精神的負担を軽減し、離職を防止しようと、同施設は介護ロボットを活用した環境整備に力を入れる。しかし、介護現場から見えてきたのは、切羽詰まる中でも懸命に介護業務と向き合う職員の苦悩と、利用者による日常的な職員への暴力暴言という実態だった。(王美慧)
10月26日午後6時ごろ。15年以上、介護福祉士をしている60代男性職員は、夕食の準備をしていた。身長は165センチほどで細身。腰の負担を軽くするため、毎日、コルセットを身につけている。リビングで利用者が食事をしている間は、食事の介助や薬の手配、食器の後片付けなど忙しい。
■常に気を張って
「危ないよ。立ったら駄目!」と女性利用者が突然、叫んだ。隣に座る男性利用者が椅子から立ち上がろうとしたためだ。
職員は男性利用者に対して「ここにいて」と椅子を指さした。「転倒の危険があるのに、立ち上がろうとする人に苦労する。常に気を張っている」。同施設は遅番の職員1人が利用者10人の介助を担当している。
食事や飲み物をこぼした利用者の介助に追われる最中も、別の利用者は職員を呼び寄せる。「順番ですから、待っていてくださいね」。そう繰り返しながら、職員は漏らした。「分かっていてもイラついてしまうことがある。わざと床にこぼして仕事を増やすこともあり、感情的になってしまうことがある」。介助中に「いいかげんにして」などと声を荒らげる場面もあった。
食事が終わると就寝に向けた介助が始まる。歯磨きを手伝い、寝間着に着替えさせ、ベッドへ移動させてオムツ交換。10人中7人が車椅子のため、職員よりも身長が高い利用者も持ち上げ、1人ずつ寝かせた。
■「心が疲れる…」
一段落ついたころ、すでに午後10時を過ぎていた。疲れた様子の職員は「一番疲れるのは体ではなく心」と打ち明けた。「介助は誰がやっても同じ。でも質は問われる。利用者に喜ばれるか、嫌がられるか。そこの仕事の質が評価されないと職員は定着しないし、心がない介助になる。だけど心の評価は難しい」と葛藤を口にした。
シフトは3交代制。同10時から夜勤が開始となるため、別の職員と交代した。夜勤は職員1人が利用者20人を担当。翌日の午前7時まで、排泄(はいせつ)介助や体位交換、熱が出たり転倒したりした際の救急対応…。夜勤担当者に求められる役割は多い。
同施設は定員219人で、相部屋ではなくそれぞれが個室で生活。個室内での介助になるため、他の利用者の状態の把握が難しい。そのため、職員の不安軽減や業務を効率化しようと、約2年半前、全床で見守りシステム「眠りSCAN(スキャン)」を導入。夜勤担当で介護福祉士15年目の50代男性職員は「朝方の排泄介助中などに、呼び出しがあってもアイフォーンで確認できるので、早急な対応が必要かどうかの判断に役立つ」と話す。
■全ては信用できず
一方で、「正確性で言うと、全ては信用できない。あくまでも目安」と指摘する。その理由は、誤作動を起こしたり通知にタイムラグがあったりするためだ。
「覚醒」と通知を受けてすぐに部屋へ向かっても、利用者がすでに部屋の外にいることもあり、転倒のリスクを回避しきれない。職員は「最新の設備イコール働きやすい環境ではない。ロボットの有無が、その施設にとどまる主な理由にはならない」と話した。
翌日の午前5時ごろ。「何するんだ」という男性利用者の声が薄暗いフロアに響いた。40代女性職員が眠っていた男性利用者のオムツを取り換えるため、陰部を拭こうとしていた。
■暴力が原因の離職も
すると、男性利用者は目を覚まして拒絶。職員の顔面や腕に向けて拳を何度も突き出し、腕をひねり上げた。「やめてください」。職員の言葉に耳を貸すことなく、抵抗を続ける。
男性利用者は1週間前に入所したばかり。職員は「普通は他人には触れられたくない所。夜中寝ているときに起こされて抵抗するのは当たり前」と話した。
一方的に暴力を振るわれることは頻繁にあるという。職員は「暴力や暴言、利用者との人間関係の方が大きなストレスになる。ロボットがあるからといって、その負担はなくならないし、仕事を辞めたいと思うことのストッパーにはならない」とし、「若い子の場合は下の世話で戸惑う上に、暴力があれば離職に拍車をかける」と指摘した。
「暴力暴言にはもう慣れた」と話すのは、10代女性職員。「利用者から『役立たず』と言われたこともある。若い職員が仕事をやめたいと思う理由に、暴力暴言がある」。介護現場の“辞めない職場づくり”の難しさを物語っている。約15時間、現場に密着して目の当たりにしたのは、ロボットでは払拭しきれない職員の負担感だった。
【眠りSCAN】
見守り支援の介護ロボット。マットレスの下にセンサーが搭載されたシートを敷き、ベッド上の利用者の心拍数や呼吸数などを測定。センサーで得られた利用者の状態がスマートフォンやタブレット端末に、リアルタイムで表示される。Wake(覚醒)▽Rise(起き上がり)▽Up(離床)の3段階から利用者別に通知するタイミングを設定可能。利用者の状態変化があった場合、各端末にその情報や部屋番号、氏名も通知される。転倒を予防することや、体調変化の早期発見につなげることができる。
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