[安心の設計 認知症の人の身体拘束]<上>「やむを得ず」 病院の苦悩…少ない人員 絶えぬトラブル

読売新聞 2018年10月29日

夜間の病室で胴を固定し、上下がつながった服を着用する患者(奥)と、雑談する医師(東京都内で)=横山就平撮影
 認知症の人が病気やけがの治療で一般病院に入院した際、事故防止を理由に手足などを縛られる身体拘束。入院患者のほぼ3割が拘束を受けているとの調査結果もある。医療現場の苦悩と改善への動きを報告する。
 午後7時を過ぎても、2階と3階の病棟はざわめいている。東京都内の約60床の一般病院で、当直の院長に同行した。患者は70歳代後半から90歳代が中心だ。入院の理由は様々だが、認知症の人が多く、4人に1人は何らかの拘束を受けている。
 2階の4人部屋に入ると、肺炎で有料老人ホームから移ってきた認知症の男性(78)が、機嫌よく話しかけてきた。「さっきビールを飲んだ」「外で弟が待っている」。院長が、男性がかつて労働組合の役員だったことに話題を振ると、男性はつながらない内容をうれしそうに連ねていく。
 男性の胴はベルトでベッドに固定されている。ベッドには柵がはめられ、自分では下りられない。尿道にチューブが入っているため、服の中に手を入れて引き抜かないよう、上下がつながった服を着る。点滴する時は左腕。利き腕の右の手首はひもで柵に縛られる。熱は下がり、退院の日は近い。

  ■転倒、骨折…暴れる患者
 院長の当直は月8回ほど。当直医は1人で、救急車も受け入れる。夜間の病棟の看護師は各階に1人ずつ。看護助手は2人ずつの体制だ。
 入院患者のトラブルは一瞬で起きる。転倒して打撲や骨折をしたり、点滴チューブを引き抜いて服が血まみれになったり、ベルトで胴を拘束されたのに、すり抜けて、ベッドから出て転んだり……。
 「助けてくれー」「外してくれー」。暴れる患者を拘束しようとすると、そう叫ばれることがある。興奮が収まらない場合は、睡眠剤を注射して眠ってもらう。身体機能が低下した高齢者は薬の成分が朝まで残り、ふらついたり、食欲が落ちて朝食も薬も口にしなかったりするなどの悪循環も起きる。それでも、身体拘束を行わざるを得ない。これも病院の一面なのだ。
 院長は研修医時代、勤務先の約300床の病院で、認知症の人への身体拘束の多さに驚いたという。以来、医療界の「拘束はやむを得ない」という認識は変わっていないと感じている。
 拘束によって身体機能がさらに弱り、「自分で徘徊はいかいできた人ができなくなる。自分で転べた人が転べなくなる」のを見るのはつらい。認知症の人は、認知機能は低下しても、「嫌だ」「悲しい」といった感情は残っている。拘束は強いストレスになる。生命維持に不可欠な時以外、拘束はできる限り減らしたい。だが、その実現は難しいと思う。

  ■過失問われる訴訟
 先月、病院で起きた入院患者のトラブルは31件。珍しく事故に至るケースはなかったが、これまでには転倒による大腿だいたい骨骨折や脊椎圧迫骨折事故も起きた。見守りを徹底しても、少人数では限界がある。病院の経常利益率は一般的な3~5%。看護師を増やす余裕はない。
 看護師から「罪悪感がある」「身体機能が落ちないか不安」「家族から同意を得ても、認知症の患者本人が理解しておらず、胸が痛む」などの声も届く。
 「病院内での事故は許さないという患者の家族や社会の意識が、拘束は必要だという医療現場の判断を後押ししている」と、院長は言う。
 医療界には、家族側から損害賠償訴訟を起こされれば過失責任を問われるという認識がある。実際には、勝訴、敗訴それぞれのケースがある。ただ、家族側の主張を退けたある判決で、「適切に拘束をしていたため、転倒事故は病院の注意義務違反ではない」とする見解が示されるなど、裁判が過失の有無を問う以上、病院は拘束を重視せざるを得ない状況もある。

  ■医療者と家族で思い共有
 一部だが、院長が、言動に違和感を覚える家族もいる。「縛っていい。それで動けなくなれば在宅介護が楽になる」という家族。寝たきりに近い患者について、「退院させるなら自分でトイレに行けるように治してほしい」と、無理な要求をする家族にも会う。
 誰もが老い、認知症になりうる。認知症の人に対する冷たい視線は、数十年後の自分に向いていることを知ってほしい。
 病棟の夜が更けていく。病棟はまだざわめいている。フラフラとトイレに向かう人。手にはめたミトン型の手袋をしきりにさわる人。院長の巡回は続いた。
 「患者さんに対し、拘束して申し訳ないと思う。その気持ちを医療者と家族、社会が共有することが、問題を改善するためのスタートではないか。不必要な拘束を減らすことは何より患者さんのためなのだから」と、院長が言葉を継いだ。

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