手術の前後、口の中を清潔に 口腔機能管理で合併症予防
朝日新聞 2018年6月13日
手術後の肺炎や抗がん剤使用による口内炎を防ぐため、治療の前後に口の中の清掃などを行う「口腔(こうくう)機能管理」の取り組みが広がっている。合併症が減れば、患者の入院日数の短縮にもつながることから普及が期待されている。病院と地域の歯科診療所の連携が課題だ。
兵庫県西宮市の女性(69)は2014年8月、兵庫医大病院(西宮市)で、がんができた舌の左側を切り、切除部分を再建するため前腕の組織を移植する手術を受けた。
耳鼻咽喉(いんこう)科・頭頸部(とうけいぶ)外科が担当する手術の2日前、歯科口腔外科の菅原一真歯科医師に、口の中をきれいにしてもらった。電動器具で歯石を取ったり、殺菌消毒剤で歯肉を洗浄したり。菅原さんから「誤嚥性(ごえんせい)肺炎と創部の感染を防ぐためです」と説明された。
手術後も歯ブラシや消毒用綿球を用いて週2回行われた。女性は朝夜2回、自分でも歯をみがいた。
手術直後の食事は、鼻に入れた管から流し込まれる栄養剤。術後7日目に初めてゼリー状の食事を口からとった。9月に入ると、おかゆと通常の副食を食べられるまでになり、約1カ月で退院できた。女性は「手術直後は痛みと食事ができないストレスで辛かったが、3カ月くらいになるかもしれないと言われていた入院期間が思ったより短くてよかった」と振り返る。
菅原さんによると、術後の筋力低下を防ぎ、免疫力を高めるため、なるべく早く食事やリハビリを再開することが重要。そのためにも、手術前後は口の中を清潔に保ち、口の中にいる細菌による術後の誤嚥性肺炎や手術の傷への感染を予防する必要があるという。
兵庫医大病院は、手術前後の口の中の清掃や食べる機能を保つリハビリなどを行う口腔機能管理に積極的に取り組む。主な対象はのどや舌にできたがんの手術、術後肺炎が起こりやすい食道がん手術などで年間約700件にのぼる。
「手術に伴う合併症のリスクを極力減らすのが目的。必要があれば虫歯や歯周病の治療を行い、手術直前に抜歯することもある」と歯科口腔外科の岸本裕充教授は話す。
病院と歯科診療所の連携、重要に
手術前に口腔内をきれいにすることの効果を示すデータはいくつも報告されている。13~16年に信州大病院で肺がんの手術を受けた患者457人のうち肺炎になった割合は、口腔機能管理をしなかった場合が6・8%に対し、行った場合は1・9%だった。
厚生労働省は6年前から、手術時などの口腔機能管理について医療機関が診療報酬を請求できるようにして、その対象を少しずつ広げてきた。現在は、がんや心臓の手術、臓器移植のほか、がんの放射線・抗がん剤治療、緩和ケアなどが対象となっている。手術時の請求件数を見ると、16年は12年に比べ約7倍に増えている。
口腔機能管理の多くはいまのところ歯科のある病院で行われている。口腔機能管理などを行うために歯科を新設する病院もあり、信州大の栗田浩教授(歯科口腔外科)によると、長野県内の全身麻酔手術を行う中規模以上の病院で歯科があるのは、11年の18から現在は28に増えたという。
ただ、厚労省の16年の調査では、全国の一般病院(7380カ所)のうち「歯科」があるのは15%、「歯科口腔外科」があるのは約13%。口腔機能管理を病院と協力して行う歯科診療所を増やさないと、対象患者の増加に対応するのは難しいとみられる。
東京歯科大市川総合病院(千葉県市川市)の歯科・口腔外科では、手術時などに口腔機能管理を担当した患者の約7割を地域の歯科診療所に紹介し、その後の管理を依頼している。野村武史教授は「口内炎の発症率が高い抗がん剤を長期間にわたって服用する患者など、日常的に口腔機能管理を必要とする人も増えているので、病院と歯科診療所の連携がますます重要になっている」と言う。
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