日本のマンションを襲い始めた「認知症住民の激増」という大問題

現代ビジネス 201912/21

都内のあるマンションでの出来事
 古い分譲マンションが超高齢化の重圧を受けている。建物と住民の「二つの老い」に歯止めがかからない。
 約800万人の「団塊の世代」が2025年に一斉に75歳以上の後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上の「超高齢社会」に突入する。それに伴い、医療・介護の施設が大幅に不足し、認知症の人は2015年から25年までの10年間で525万人から730万人に激増する。こうした超高齢化がもたらす困難は「2025年問題」と総称されているが、高経年マンションはすでにその真っただ中にある。
 今春、東京都内の100戸規模のマンションで「認知症の住人」への対応が管理組合理事の間で秘かに話し合われていた。独り暮らしの認知症の高齢女性が、昼夜を問わず、マンション内外を歩き回り、あちこちで失禁してしまうのだ。あるときは他家のメールボックスから郵便物を抜きとって大騒ぎになった。
 深夜、街に出てオートロックの玄関に締め出され、寒い公園で夜を明かしたこともある。朝、散歩していた人が見つけて送り届けてくれたが、女性は肺炎を起こしていた。一つ間違えれば命が危うかった。管理費と修繕積立金の滞納も続いている。
 女性は「緊急連絡先」を管理組合に届けていない。親族がいるのか、天涯孤独なのか、それすらわからない。管理組合の理事たちは、額を寄せて相談していた。
 「地域包括ケアセンターに相談して、早く、介護施設に移ってもらわないと。このまま認知症が進んだら、どうなるか、想像もつかないですよ」
 「じつは民生委員の協力で、地域包括のケアマネージャーに相談したんだけど、抱えている要介護者のおせわで手いっぱい、とても余裕がないと突っぱねられました」
 「マンション住民が見守るにしても、そもそも彼女が認知症だと他の人に知らせていいんですか。個人情報、プライバシーの問題があるでしょ」
 「見守ると簡単におっしゃいますけどね、認知症の人は声の掛け方ひとつとっても大変ですよ。後ろから呼び止めたりしたら本人がびっくりしてパニックになります。認知症の人が『カラスは白い』と言っても否定したらダメ。カラスは白いねって答えなきゃ。そういう接し方、私たちにできると思いますか」
 「精神科の病院に入院してもらうのがいいと思うけどなぁ」
 「それこそ人権侵害でしょ。あの人、ベッドに拘束されますよ。まだ家で生活できています」
 「だけど、いろいろトラブルが起きていて、どう対応するんですか」
 話は堂々めぐりをするばかり。この問題を住民総会に諮るのか、事情を知っている理事の間にとどめておくのか、プライバシー保護も絡んで結論は出なかった。
 マンションで認知症の住人とどう向き合うか――前述の通り、認知症患者の激増が予想されるなかで、今後、同様の問題に頭を悩ませるマンションは確実に増えていくと考えられる。そのとき、マンションの他の住人たちも「私は関係ない」では済まされない。現実的なことを言えば、マンションの資産価値にも影響を与えてくるだろう。

「徘徊」の恐るべき現状
 とくに問題になるのは、上記のように「徘徊」をしてしまうケースだが、認知症の人びとの徘徊をめぐる状況は以下のようになっている。
 以前、私は、川崎市幸区(さいわいく)の石心会川崎幸クリニック・杉山孝博院長の訪問診療に同行取材したことがある。幸区では、高度経済成長を支えた工場群が移転した跡地に高層マンションが立ち並ぶ。一方、昔ながらの商店も軒を連ね、木造家屋が密集。労働者の街でもある。
 多様な人びとが暮らす地域で、杉山院長は40年以上にわたって在宅医療を切りひらいてきた。訪問先は戸建てとマンションなどの集合住宅が入り混じり、認知症の人も多い。
 あるお宅で、78歳の女性がベッドで仰向けに寝ていた。息子さんが介護を担う。女性は胸の前で両手をギュッと握りしめている。「拘縮(こうしゅく)」といわれる状態だ。脳で筋肉の調整がうまくできず、関節部分が硬化して手を握りしめる。無理に手を開かせようとすると本人が痛がって顔をそむける。そのまま拳を胸に押しあてていると、そこに「褥瘡(じょくそう)」ができることもある。
 息子さんが母の手をマッサージしながら、こう語った。
 「いまからふり返れば、認知症を発症したのは2008年の初めでした。本人は、物忘れを他人から指摘され、いら立っていた。だんだん徘徊が激しくなり、最初の警察沙汰が2010年の暮れでした。
 国道15号線をどんどん5キロも6キロも歩いて、鶴見橋を渡ってコンビニにいたところを警察に保護されて連れてきてもらいました。二度目は東日本大震災を挟んで’11年4月。徘徊中に誰かが心配して鶴見署に連れて行ってくれたんです。母は、運が良かった。出て行ったきり、帰ってこないお年寄りも多いそうですね」

700人以上が行方不明
 警察庁の発表では、2018年の1年間に警察に届け出があった認知症の行方不明者数は1万6927人(男性9274人、女性7653人)。’18年中に所在が確認されたのは、’17年以前の届け出分を含めて1万6227人。700人以上の足どりがつかめず、行方不明のままだ。
 その他に路上や用水路で倒れているなどして死亡が確認されたのは508人、届け出の取り下げなどが131人。認知症による行方不明者数は、毎年、増え続けている。
 ’18年の認知症での行方不明者数を、都道府県別にみると、大阪が最多で2117人、埼玉1782人、兵庫1585人と続く。セーフティネットの脆さが浮かび上がる。
 杉山院長は、認知症特有の病状の進行を、次のように述べた。
 「認知症の人は、いい状態の山と悪い状態の谷をくり返しながら総合的な体力が衰えていきます。そのスピードが非認知症の人よりも速い。最初は体力もあって、どんどん徘徊して動き回る。
 だけど、次第に活動範囲が狭まる。歩きまわって道に迷うと恐怖を感じる。歩く範囲が町内から家の周辺に狭まり、それもできなくなって家のなか。さらに弱って家から出なくなり、立つ力が衰えてベッドとそのまわり。やがてベッドの上だけへと変化します。その段階に応じて介護状況も変わります」
 認知症の人が親族と暮らしていれば、こうした変化への対応も可能だろう。

京都のマンションの挑戦
 しかし、冒頭のケースのように高齢で一人暮らしだと、住んでいるマンションの住民しか身近な存在はいない。はたして、どう対応すればいいのか……。
 京都府宇治市に一人暮らしの高齢者に細やかな配慮をしているマンションがある。ユニ宇治川マンションだ(5棟・367戸・1982年竣工)。ここでは住民どうしが互助的な会を結成し、さまざまな課題に向き合っている。その中心がメンバー40数名の「防災会」である。
 かねてより防災会は、一人暮らしの高齢者に月に一度の安否確認の電話をしてきた。18年の夏からは安否確認アプリを搭載したスマホを、13~14名の一人暮し高齢者が持ち、日常的な見守りをしている。安否確認アプリは、城陽市の高齢男性技術者が開発したもので、歩数計と連動している。その人が1歩でも歩けば、防災会の見守り担当がネット上で確認できるシステムだ。
 防災会のリーダーで、民生委員も務める林善美さんは、「予想外の反応があった」と言う。
 「2日間、全然、歩いてないと表示された人がおられて、慌てて飛んでいったんです。そしたらご本人ピンピンしていて、あっほんまに来てくれたんや。ありがとうと感激しはるんです。お渡ししたスマホに不具合があって歩数がゼロになってた。
 なかには愛用の万歩計とスマホの歩数が合わない、おかしいと真剣に悩む、潔癖な方もいてね(笑)。やってみないとわからないことだらけです。コミュニケーションが活発になって効果大ですよ」
 じつは過去にユニ宇治川にも認知症で徘徊が止まらない一人暮らしの女性がいた。マンションの生活支援グループ「蓮の会」のメンバーが話し合い、徘徊中の女性を連れ戻す方法を編み出した。認知症の当人と、離れて生活する息子さんの許可を得て、女性の顔写真をメンバーが共有し、徘徊を見かけたら、さりげなく声をかけて家に連れ戻すようにしたのだ。
 「認知症のご本人と息子さんと、じっくり、お話しして、ご了解を得て、集会室に来ていただきましてね。和やかな雰囲気で写真を撮らせてもらいました。それを蓮の会のLINEで共有したんです。しばらくの間、何度も、遠くからご本人を連れ戻した連絡が頻繁に入っていました。最近は、息子さんがお母さんをグループホームに連れて行かれたようで、お顔をあまり見ませんね」
 と、林さんは語る。
 ユニ宇治川は、日々の安否確認のほか、災害時の備えもきめが細かい。近くには、淀川の支流で「木幡池」に注ぐ堂の川、山科川が流れている。「水災害防災マニュアル」には、大雨による木幡池の水位上昇に対し、とるべき行動が詳述されている。
 たとえば、平常水位30~50センチのところ、150センチに上がったら「防災本部開設、注意喚起放送(道路冠水の恐れ)、車・バイク・電動自転車の避難移動」、190センチになると「ゴムボート用意 ゴミ箱植木ポット流出防止、防災倉庫防水、警察へ交通規制依頼……」といったぐあいだ。そして、290センチで「注意喚起放送(1階住民上階への避難を)」。防災会は、1階の誰が3階以上のどの家に避難するか、両者の仲を取り持って、すべて決めているのだ。
 まさに自主・自立のマンション。ユニ宇治川の外観は、ごく一般的なマンションなのだが、なかには血の通った人と人の温かいネットワークが張られている。

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