介護崩壊~2040年への序章「介護崩壊の時代」私たちは幸せに死ねるのか

毎日新聞 2019年7月3日

亀田総合病院(千葉県鴨川市)の在宅医療部門を率いる大川薫医師
 都市部の医療、介護危機は少なくとも2060年ごろまで続く見通しだ。高齢者を病院や施設ではなく地域や自宅でケアする流れはさらに強まるだろう。では、地域や自宅でケアを受けるためにどんな体制が必要なのか。連載「介護崩壊」の専門家インタビュー最終回は、在宅医療のエキスパートで、亀田総合病院(千葉県鴨川市)の在宅診療科部長を務める大川薫医師に、望ましいケア、望ましい地域医療のあり方を聞いた。

 ――在宅ケアへの流れは強まるばかりです。でも大都市や地方都市では在宅医療のインフラが十分ではありませんね。

 ◆大川薫医師 喫緊の問題は訪問ヘルパーの不足です。たとえ訪問診療や訪問看護があっても、生活を支えるヘルパーさんがいなければ在宅療養は成り立ちません。
 在宅医療、訪問看護、訪問ヘルパーなどの訪問サービスが24時間を隙間(すきま)なく患者をカバーできるわけではありません。その空白時間を効果的にピンポイントで埋めながら、患者の365日を成り立たせていく。その担い手の中心がヘルパーです。しかし、人的資源が不足しているなかで、早朝、夜間、休日のシフトを組むのは簡単ではありません。過酷な労働に対する待遇改善など制度的な介入も急がないと、立ち行かない状況といえます。

 ――在宅医療を担う医師にはどんな知識、技術が必要でしょうか?

 ◆もちろん専門的な知識、技術があれば強力な武器になります。ですが、それよりも病気の普段の管理や、急変した時に診察機器が限られる自宅で的確に診断、治療できることの方が大事です。さらに、患者の身体的、精神的、社会的な側面に臨機応変に対応できる視点も大切です。
 高齢者の場合は、複数ある問題点の一部だけを治療することがかえって全体を崩してしまうことがありますから、多疾患併存(複数の疾患を同時に抱えている状態)への調整力も必要です。また、身体的な疾患以外に、孤立や困窮など、精神的、社会的な状況に適切に対応することも必要でしょう。
 在宅医療を行うために必要な専門性は、特にないように思います。しいて言えば、浅く広く対応する総合診療医や家庭医に近いイメージでしょうか。その人のライフサイクルや健康要因を考えながら、地域の実情に合わせて臨床を実践していく力が問われます。 
 
患者の生活と歴史を想像しながら治療する
 大阪の千里ニュータウンができた時に開業した医師を例に考えてみます。当時の医療は、若い親と子どもの健康問題への対応が中心でした。ところが今では、年をとった医師が、年を重ねた高齢者を診るようになりました。
 外国人労働者が多く働く工場に近い地域では、国籍や文化の違いに対応した診療が必要です。亀田病院がある南房総地域なら、病院へのアクセスの悪さという地理的問題も考えて診察する必要があります。
 また、仕事一本で生きてきた男性が退職後、地域社会に溶け込めず孤立していたり、子どもが巣立ったあとの母親が空虚感にさいなまれたままでいたりもします。このようなライフサイクル上の節目が健康問題に大きく影響することを想像する力も大事です。
 個々の病気に対する知識、技術と同じように、これらが総合診療医や家庭医が学ぶ基本的な視点であり、在宅医療を担う医師の基盤として必要なことだと思います。

 ――他者の人生とその背景を想像する力が必要ということですね。

 ◆患者さんが「どんな人」なのか、その人となりを知ることが大切です。在宅医療でも限られた選択肢の中から適切な治療や療養場所を一緒に考えていくことになります。そのときに、どうしてそう考えるのか、背景にある患者さんやご家族の価値観や信念を視野にいれながら話し合う必要があるからです。

亀田総合病院がある千葉県鴨川市は漁業が盛ん。鴨川漁港沖で漁をする漁船
 鴨川市はもともと漁師町で、患者にも漁師さんが多い。彼らは遭難や転覆と紙一重の仕事をしています。いわば「板子一枚下は地獄」(漁師の仕事が命がけであることのたとえ)という人生観、死生観があるわけです。そうした彼らの生きる背骨を理解し、価値観を共有して初めて、相手もこちらの声に耳を傾けてくれる。そんなアプローチが必要です。
 医師は医療の専門家ですが、患者さんのことをあまり知らない、逆に患者さんは医療のことは詳しくないけれど自分のことはよくわかる、いわば自分の専門家です。この情報の偏りを解消するプロセスが必要です。つまり、医師は一方的にすべてを説明するのではなくて、その患者さんに最も適した情報を伝える。その上で、価値観や信念に照らして一緒に考えていく。在宅医療はそんな意思決定と支援の繰り返しではないでしょうか。

若い医師に在宅医療のやりがいを知ってほしい
 ――医療も介護も在宅で、という流れは今後さらに強まりそうですが、在宅医療が成立する条件は何でしょうか。

 ◆複数の事業所や行政も含めた多職種が連携して初めて、自宅療養が可能です。しかし、がんばってもうまく連携できないことも多い。情報通信技術の利用や対面で、患者情報をうまく共有できるかどうかがカギのように思います。
 在宅医療に上手に移行するには、自宅に置ける医療機器や家族の介護能力に合わせて治療、ケアのやり方を単純化することも必要でしょう。移行のタイミングを患者と病院、在宅医で共有することも、本人と家族の負担を軽くすることにつながります。

在宅診療科のスタッフと一緒に朝の体操をする大川医師(右)
 ――在宅への流れに合わせて在宅医を増やすには、どのような仕組みが必要ですか。

 ◆まず、若手医師に在宅医療のやりがいに気づいてもらう必要があります。質を担保したプライマリー・ケアを担うことが、先端医療に関わることと同様に患者さんに大きく貢献できることを伝えたいですね。医学生だけでなく、働き始めて数年もしくはそれ以上でもいいのですが、一定の臨床経験がある医師に短期の在宅医療を体験してもらう制度があれば、理想的です。
 在宅医療を受ける患者さんには高齢者が多いですが、若い人や乳幼児もいます。また、病気や障害の種類や程度もさまざまですから、在宅療養の目標もさまざまです。必ずしも人生の最終段階とは限りませんし、必要な入院加療を挟みながら自宅療養している方もいます。
 病気の根治が難しく、在宅療養を希望する場合は、つらい症状を積極的に軽くしながら、自宅で静かに自由に過ごせるようお手伝いします。そのためには、病状が進んだ場合にどんな治療、処置をしたくないか、どこで最期を迎えるか、本人と家族の意向を確認できることが望ましいと考えられています。

訪問診療の各部門が1カ所に集まっている亀田総合病院
 ――本人の意思をその通り実現できるものですか?

 ◆悩ましいケースもあります。脳梗塞(こうそく)後遺症のまひと嚥下(えんげ=のみ込むこと)障害がある男性(87)の例です(個人が特定できないように詳細は変更してあります)。一時胆のう炎で入院治療し、回復したものの、嚥下機能が落ちてご飯を食べられなくなりました。比較的よくあるケースです。
 男性は息子さんと2人暮らし。本人は、「食べられなくなったらもうおしまいだから、延命はいやだ」と以前から言っていましたが、息子さんは違いました。「おやじの姿を見たら、兵糧攻めは忍びないと思って悲しくなった。胃ろう造設をお願いします」と、涙を浮かべて話されました。
 事前指示書やエンディングノートなどの書面はなく、しかも男性は重度の認知症で話ができず、意向確認ができない状態でした。息子さんには「お父さんは常々『延命は嫌だ』と言っていました。おそらくこの状況での胃ろうも望んでいないのではないでしょうか」と話しましたが、「どんな状態でも生きていてほしい」という息子さんの思いに押し切られる形になりました。
 本人の意向を事前に聞いていたのに、生かせなかった。本人の側に立ってあげられなかった葛藤があります。

亀田総合病院の入り口
敬意を持って地域から送り出す気持ち
 ――在宅医は患者がどう生きたいか、どう最期を迎えたいかを知り、意思の実現を助ける立場にいると?

 ◆自宅で最期を迎えることは、実は年々困難になっています。高齢世帯が増え、24時間ヘルパーもおらず、短時間しか訪問看護ができない中で、在宅で最期を迎えるには限界があります。
 (亀田病院がある)鴨川市など南房総地方は、人口減少と高齢化とが加速しています。1人暮らしや老老世帯がどんどん増えることで、家族形態だけでなく地域社会の変容にも直面しています。
 10年ほど前の話です。漁師さんが亡くなって、私が到着した時には漁師仲間が先に家に来ていて、亡くなった方のひげをそっていました。「お前よくがんばったな、俺がきれいにしてやっからよ」と。
 70代の肺がん男性を自宅でみとった時は、家族が「いいか、こうやってみんなで送ってやるんだぞ、順番にやっていくんだからな」と言いながら、立ち尽くす孫たちをぎゅっと抱きしめていました。最近ではこういう場面もめっきり少なくなっています。
 医療機関や役所は、事前指示書やエンディングノートなどの書類を事前に整えておくことに焦点をあてがちですが、人生の最後「エンド・オブ・ライフ」の質を高めるには、それだけでいいようには思えません。
 大切な人を見送る時も、多忙な現代では葬祭業者に丸投げせざるを得ません。もちろん過去に回帰することはできませんが、大事な何かを失っているような気がしてならないのです。
 家族や地域社会が敬意を払いながら、前の世代の人たちを見送り、次世代に引き継いでいく。エンド・オブ・ライフに関わる医療と介護は、そういう事とひとつながりとして考える必要があるのではないかと思います。

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