透析大国ニッポンの裏にあるもの

読売新聞 2019/4/3
 東京都福生市の公立福生病院で、人工透析治療の中止を希望した女性患者(44)が1週間後に死亡したことが、大きな問題になっています。この患者さんは、透析を止めることに同意し、同意書もあるのですが、死の前日、苦痛から透析の再開を訴えていたと言います。 こうしたことから、病院側の同意を求めるプロセスに不手際があったのではないかと指摘する報道がありました。また、この病院では2013年4月からの4年間に受診した149人のうち、終末期ではない約20人の患者が透析を選択していないこと。さらに、透析を選択せずに死亡した患者が複数いるということも一部で問題視されています。病院側は「悪意や手抜きや医療過誤があった事実もない」と否定しています。
人工透析の仕組み医師の使命は患者を救うことだが…… 私は報道された以上は知りません。学会や都による調査も続いています。しかし、報道の一部に人工透析や人の死に対する認識不足があったのではないかと感じます。医師はなにがあろうと、患者を助けなければならないという考えに影響されていると思います。 もちろん、医師の使命は最善を尽くして患者を救うことです。しかし、どんなに治療しても治癒が難しいことはあるのです。その一つが、腎機能の低下、いわゆる「腎不全」です。腎不全には急性と慢性がありますが、慢性になると、もう機能が回復する見込みはなくなります。 放っておけば死に至るため、人工透析や腎臓移植を行います。これ以外に、死を免れる方法はありません。人工透析がなかった時代は、腎臓を悪くして死ぬのは「老衰」=「自然死」とされていました。
国民378人に1人が透析患者、増え続ける理由 腎臓の機能は、年を取るにつれて徐々にですが低下していきます。これに生活習慣病である高血圧や糖尿病などが加わると、さらに低下します。現在、透析を受けている患者さんの約4割が「糖尿病性腎症」です。人工透析患者は年々増え続けており、17年末には全国で33万4505人に上っています。人口100万人あたり2640人で、人口比では台湾についで世界で2番目に多く、国民の378.8人に1人が透析患者という透析大国です。 なぜ、日本ではこれほど多くの方が透析をしているのかと言うと、まず医療保険などによる負担軽減が受けられること。一般的に透析には月40万円ほどの費用がかかりますが、患者負担は1万~2万円で済みます。1人あたり年間500万円近くを公費で負担してくれます。これが病院や製薬会社など医療側にも多くの収入をもたらします。
腎移植の遅れた日本 しかし、透析は腎不全に対する最良の治療法ではありません。透析で補うことのできるのは、尿毒素や水分を排泄(はいせつ)する腎臓の機能で、造血や骨代謝、血圧の調整といった作用は補えず、透析後に合併症を起こすことがあります。透析は医療機関で週3回、1回4時間程度行います。肉体的にも精神的にも患者には重い負担で、「生活の質(QOL)」を低下させる治療です。 高齢者の体への負担はさら一層深刻ですが、いったん始めるとやめるのが難しく、寝たきりや認知症が重くなっても透析を続けている人もいます。長く続けることで血液が末端まで届かなくなり、足などを切断するケースも出ています。 これに対して腎臓を移植する腎移植は、免疫抑制剤を服用する以外はほぼ健常者と同じ生活が送れることから、理想的な治療法といえますが、日本は遅れています。欧米では透析は腎移植へのつなぎ医療と考えられ、アメリカでは年間1万5000件程度の腎移植が行われていますが、日本の16年の腎移植は1648件でした。 脳死や心臓死になった人から腎臓の提供を受ける「献腎移植」が少ないのが原因のひとつ。アメリカでは腎移植の約半数が献腎移植ですが、日本では親族から提供を受ける生体腎移植が大半です。日本では多くの透析患者が献腎移植を希望してもなかなか受けられないのが実態です。透析患者の高齢化も進んでいます。
透析を続けるか、やめるか…… 人工透析をする場合、日本透析医学会がガイドラインを決めています。その要旨は、透析をした場合としなかった場合どうなるかを患者さんと家族に詳しく説明し、本人が納得したうえで行うというとことです。ここには、もちろん、しないという選択も含まれます。しないという選択を医師が勧めたと一部の報道にはありました。選択肢を示すことはあるでしょうが、最終的には患者本人や家族が判断すべきもので、医師が勧めるとは信じられません。 なぜなら、ここには「尊厳死」とという重大な問題があるからです。尊厳死とは、「不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、死期を単に引き延ばすためだけの延命措置を断わり、自然の経過のまま受け入れる死」(日本尊厳死協会のホームページ)のことで、本人の意思は健全な判断のもとでなされることが大切とされています。透析を止めたり、行わずに結果的に死亡したケースが尊厳死にあたるかどうかは、それぞれの経過を詳しく調べなければ結論は出せない問題だと思います。 人生とは、ある意味でどのように死んでいくかです。自分の死期を悟ったとき、どのようにすればいいのかは人によって違います。人間としての尊厳を失ってまで治療を続ければいいとは誰も思わないでしょう。私の知る範囲でも、医師が家族の同意を得たうえで、延命治療を拒否していた高齢者の人工透析を中止したことがありました。一律に論じることは難しく、最終的には個々に判断するしかありません。尊厳死という問題は、高齢社会になり、いっそう身近になっています。
透析大国ニッポンの裏にあるもの富家孝(ふけ・たかし)医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。

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