【宮城】被災地の介護細り…行き場なくした高齢者、異郷の施設へ

朝日新聞 2019年3月2日
 東日本大震災の被災地で介護施設が見つからないお年寄りを、青森県弘前市の高齢者福祉施設が受け入れ続けている。8年間で延べ170人。古里に帰れぬままの人も多く、35人が異郷で亡くなった。震災のひずみが行き場のないお年寄りを今も生んでいる。 雪深い津軽に、社会福祉法人弘前豊徳会が運営する「サンタハウス弘前」はある。介護老人保健施設などの入所者の2割、66人が岩手、宮城、福島3県の被災地からだ。 宮城県気仙沼市の千葉ツヤ子さん(87)は仮設住宅で1人で暮らしていた2015年秋、脳梗塞(こうそく)で入院。要介護度は3、退院後の自立生活が難しくなった。市内に住む息子が近くの施設に申し込んだが、どこも待機が100人以上。病院が困った末に相談したのがサンタハウスだった。 入所3年を超えた千葉さん。「みな親切にしてくれる。でもやっぱり帰りたいんだよね」 震災では多くの高齢者施設が被災し、避難所暮らしが難しい要介護者が大勢出た。厚生労働省は特例で、遠くの施設が定員を超えて受け入れてもよいとする通知を出した。元の住所地の自治体が介護保険などの負担を持つ形だ。 名乗り出る施設が少ない中、サンタハウスは新規増床中で、たまたま個室や職員に余裕があった。被災地の病院などに呼びかけ、11年は6人を受け入れた。 当初、「緊急事態」は1、2年で終わると考えていた。ところが被災地では施設が復旧しても職員が集まらない。要介護者は増え続けた。サンタハウスで窓口となった宮本航大さん(40)の携帯電話には、自治体の地域包括支援センターやケアマネジャーから相談が途切れなかった。「困っている人がいる以上は続ける」との姿勢が頼られ、12年以降も毎年数人~二十数人が入所した。 最近は、認知症が進んだり、家族との縁が薄れていたりといった人も増えている。現在の入所者のうち、16人が生活保護受給者で、その半数程度は身寄りがないという。一方で帰郷はなかなか進まない。サンタハウスは昨年から、3県にある600施設に空き状況を聞くなどの取り組みを進める。ただ多くのお年寄りにとって、弘前が終(つい)のすみかになる可能性は高い。 今年1月19日には89歳の男性をみとった。4日後、気仙沼市から一人暮らしの77歳の男性が入所した。災害公営住宅で倒れているのを民生委員が見つけなければ、孤独死が避けられないケースだった。
要介護者は増加、人手は不足 被災地では、介護に頼らざるを得ないお年寄りが増え、一方で施設の人手は足りていない。 「避難所から仮設、災害公営住宅へと移るたび、環境が変わる。閉じこもり、体調を崩す人が年々増えた」。気仙沼市の居宅支援事業所のケアマネジャーはそう話す。震災で配偶者を亡くしたり、子どもが都市部に出たりして独居になる人も多い。 宮城県の沿岸部5地区の65歳以上の被災者約3500人を対象にした東北大の追跡調査によると、要介護認定割合は10年から18年にかけて16ポイント上昇。沿岸部の介護職の有効求人倍率(18年12月)は、気仙沼ハローワーク管内で4・88倍、岩手県釜石管内で4・95倍など高水準の所が多い。施設を増やそうにも、介護職員が集まらない現実がある。 一気に進む高齢化、地域や家族の支える力の低下、働き手不足。「日本のあちこちで起きる事態を被災地は先取りしてしまった」と気仙沼市の高橋義宏・高齢介護課長。市は移住者で介護の仕事に就く人に補助金を出すなど対策に躍起だ。 サンタハウスの宮本さんは「まちの復興は進んだが、介護現場では今も震災が続いている」と話す。

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