介護のプロでも音を上げる 「老老」より過酷な「若若介護」の絶望度

産経Biz 2019.1.20
 介護はひとごとではない。親や配偶者、そして自分自身にも介護が必要な時期がやってくる。「ハルメク 生きかた上手研究所」所長の梅津順江さんは「60、70代の子供が80、90代の親を看るといった“老老介護”だけでなく、60代以下の人を配偶者や子供が看る“若若介護”も過酷です」という。梅津さんが聞いた介護現場の声を紹介しよう--。
■介護するということ、介護されるということの「真実」 「70代の親を見送るのと100歳の親を見送るのとでは意味が違う」 「ハルメク 生きかた上手研究所」では、シニア女性向け雑誌『ハルメク』(2018年12月号)の「介護」特集に向け、介護の現状を知ることを目的にグループインタビューをしました。インタビュー参加者は15人で、介護未経験者が3人、現在介護中が5人、介護経験者かつ現在1人暮らしが4人、介護・ヘルパー職に就いている者が3人です。 インタビューで最も印象に残ったのは、20年間、訪問介護のホームヘルパーの仕事をし、現在は実親の介護をしている67歳の女性が発した、冒頭の言葉でした。「60、70代の親の介護」と「80、90代の親の介護」は異なるというのですが、親の年齢により介護の大変さはどう変わるのでしょうか。
■80、90代介護は、「体力」「孤独」がキーワード 80、90代の親を介護する場合、介護する子供の推定年齢は60、70代です。いわゆる“老老介護”の状況です。厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2016年)では、在宅介護している世帯の54.7%が、65歳以上の高齢者を同じ65歳以上の高齢者が介護している「老老介護」状態にある、という結果が出ています(図1)。 Sさん(65歳・女性)は、両親のダブル介護を1人で行った経験があります。56歳の頃に介護生活が始まり、それはトータル9年間続きました。 最初に認知症を発症したのは実母でした。以前から骨粗しょう症で付き添いが必要だったSさんの実母は78歳で認知症を発症し、その後、症状が悪化。最終的には要介護度5となった実母を在宅で85歳まで介護しました。また、ほぼ同時期に介護認定を受けた当時70代後半の実父(86歳で他界)は要介護度2でした。ダブル介護の大変さは筆舌に尽くしがたいものがあったに違いありません。 実家の近くに住んでいた年子の妹は、実父母から資金援助を受けていたにもかかわらず、実母の体調が悪くなってからぴたっと実家に来なくなったといいます。 会社経営をしていたプライドの高い実父は「お前が看たほうがよい」と言ったそうです。母に深い愛情を感じていたSさんは、「神様が与えた試練だ」と思い、体重35kgの母親を抱っこしてお風呂に入れました。また、夜中におねしょシートを父と母の2人分を敷いたり、便のかき出しをしたり、と孤軍奮闘でW介護をしたそうです。 自分の時間がなくストレスがたまり、胃腸・消化器系の病気になるなど、悲痛な介護生活ではありましたが、そんな中でもSさんが幸運だったのは、「お金の心配がなかったこと」に加えて「ケアマネに恵まれたこと」だと言います。ケアマネージャーは「母の介護レベルに合わせて入浴サポートの充実した介護サービス会社に変える」といった提案をしてくれたそうです。 こうした経験から、現在、90代の親を介護している女性の友人から「親を施設にいれたら親不孝か」と相談され、「そんなことは全然ない。決して自分を追い詰めちゃいけない。自分を罪深いなんて思う必要がない」とアドバイスしたと言います。
■80代妻が介護する80代後半の夫は「ショートステイを拒否」 老老介護に関してはケアマネージャー(73歳・女性・非常勤)から、このような事例が挙がりました。 「私が担当しているご家庭で、80代後半の旦那さんの介護を同じ80代の奥さんが1人で担っているケースがあります。ケアマネとして奥さんに『ショートステイなどを上手に使いましょう』とすすめても、旦那さんがそれを拒否する。私は旦那さんに『奥さんのほうが先に倒れちゃう。介護してくれる人への感謝の表し方はショートステイしかないですよ』と助言しました」 80、90代の高齢者を介護するには、世話をする側も高齢なので、体力に留意しなければ共倒れになります。また、できるだけ孤独にならない工夫が必要といえそうです。 老親を介護した(している)人々は「介護は10年も20年も続くものではないので、やらないで後悔するよりちゃんとやりたいと思っている」という意見が目立ちました。しかし、ひとりで抱えこまず、ケアマネージャーなどから情報を得たり、賢くサービスを活用したりして、精神的な孤立や肉体的な負担を減らすことを優先してほしいものです。
■60、70代介護は「時間」「お金」「気遣い」がキーワード 一方、親の年齢が60、70代で、それを推定40、50代の子供が介護する場合はどうでしょうか。 40、50代というとまだ子育て期なので、子供の教育費や食費がかかる時期です。共働き世帯も目立ちます。かさむ出費で家計が苦しく、忙しい最中に、親が倒れるという事態が突然起きます。 4年前から実母(70代)の介護がはじまった専業主婦Kさん(現在52歳)の事例を紹介します。現在、会社員の夫と社会人2年目の娘と暮らしており、徒歩10分のところに実家があります。4年前、実母が73歳のときに脳血管疾患になります。後遺症で舌の感覚が鈍くなり、認知症も発症し、家事をする意欲もなくなったそうです。介護度は「要介護2」。独身の妹はフルタイム勤務のため、ほぼノータッチ。実父は家事が全くできないので、Kさんが食事をつくって毎日届ける日々でした。洗濯物が乾かない冬に、おねしょを繰り返すので、寝る前に「トイレに行こう」とか「ぬれてもいいように下に引くものを変えよう」とか言うと、母もプライドがあるのか怒ったそうです。 子育てであれば、日々少しずつ成長し「明日はもっとできる」と希望を持てるけれど、介護は逆にできることが減っていきます。気づくと1日がたっており、友達との約束もできなくなりました。自分の時間が全く持てないので「介護とは自己犠牲」と言い切ります。また、教育資金とちがって何にどのくらいかかるかわからず、自分も病気になって家で親を看られなくなったときに介護保険との差額はどのくらいか、など資金面の心配が大きい、とKさんは語ります。
■60、70代の親の介護をする子供世代に介護離職者が多い とりわけKさんが苦労したのは、母親がデイケアサービスを受けたがらなかったことでした。母親が「(デイケアの施設で)折り紙とか、お歌とか、お遊戯とかが嫌。『今日は何月でちゅか?』と子供扱いされる」と訴えたのでKさんは施設見学をしました。母親の訴えは間違っていないと感じたそうです。 これまでは自分に時間的な余裕がないときは「施設を使ってほしい」と思っていたけれど、母親の悲しそうな顔をみるたびに胸が苦しくなったそうです。現在では「あまり行かせたくありませんね、もう少し年齢別・症状別に施設もわかれていればいいのですが……」と嘆きます。 Kさんは地域包括支援センターの存在も知っていますが、「地域密着だと知り合いに情報が漏れそう」と活用しておらず、病院で紹介されたケアマネに介護認定の相談をしたといいます。 60、70代の親の介護は、その家族が突然自分の時間や仕事を奪われるケースが目立ちます。総務省「就業構造基本調査」(2017年度)によると、介護離職者(介護・看護を理由に離職した人)の総数は年間9万9000人に及びます。2012年度は10万1000人でしたので、2015年11月に発表された国の「介護離職ゼロ」の重点政策後も、ほぼ横ばいの状況であることがわかります(図2)。
■体は弱っても頭がしっかりしているから抱える心の葛藤 また、40、50代で介護することになった者(主に子供)は、これからどのようなステップが待ち受けているのか、その都度かかる医療費やもらえる介護保険料はいくらなのかという、これから先の不安、特にお金に関する心配が大きいのです。 子育てとは異なり、経験がなく先が見えないため、不安や戸惑いが増大しています。筆者は、地域包括支援センターやケアマネージャーに相談すること、自分たちに合った介護情報(被介護者の自尊心を傷つけない施設選びなど)を集めることからはじめてほしいと考えます。 そして、60、70代の被介護者はまだ頭がしっかりしていることも少なくないため、自分の状況を受けとめられないと、心の葛藤が生じます。初期段階の心のケアやコミュニケーションはとても大事ですので、被介護者の残存能力を損なわない工夫、近所との接し方など、介護に必要な心構えに関する情報も知っておく必要があるといえそうです。
■50代の“若若介護”のキーワードは、「先が見えない絶望」 少数派ではありますが、今回のインタビューの中で、被介護者が60歳以下という例も報告されました。この場合、看る介護者は、配偶者であったり、20代の子供であったりします。 以下は、現在70歳の夫をこの15年間、ひとりで配偶者介護をしてきたHさん(現在64歳)の事例です。 35歳の息子と3人暮らし。週2回ほど、事務系の仕事をこなしながら介護を継続しています。ここ1、2年はデイサービスに行ってくれるようになって、自分にも余裕が出て楽になりましたが、「最初はつらかった」と言います。それまでは誰の手助けもなしで介護。本人にデイサービスやショートステイが嫌だと言われると、最初は「なんで行ってくれないの?」と、怒りがこみ上げておさえられなかったそうです。 夫は、徐々に四肢が動かなくなる難病で、55歳の時に介護認定を受けました。病気発覚後、退職せざるを得ませんでした。その現実を受け入れられなかったのか、夫は少しでも目を離すと勝手に外に出て行ってしまう。時折、認知症のような症状も見せ、出先で迷子になることもあり、衣服に血液型から名前まで全部くっつけておいたこともありました。
■夫が歩けなくなって「正直すごく楽になった」と安堵 最も介護が大変だったのは、夫が50代後半~63歳の頃。薬によってオン(病状が落ち着いている時)とオフ(病状が悪化する時)があり、オフになると震えたり、気分が悪くなったりしたそうです。徘徊したときも近所の人には助けを求めず、自分ひとりで自転車に乗って探したと振り返ります。 以前、夫は歩くことができましたが、最近は足の筋力が弱り車いす生活とのこと。病状が悪くなることは悲しむべきことでしたが、夫が自力で歩けなくなってから「正直、すごく楽になった」と安堵していました。 とはいえ、夫の飲み薬(1日10錠以上)の管理や、オムツの付け外しを含め自宅での介護のほとんどはHさんが担っています。「同居の息子は仕事があるし、できるだけ子供たちに迷惑をかけたくありません。若いうちから親を看るなんてかわいそうなので、やれることは全部私がやります。全部一人でやっちゃったほうが早いし」と介護をひとりで抱えようとします。 今後は、平日はデイサービス、土日はショートステイを徐々に増やしたいといいます。「介護にかかる費用は安くはないけれど、自分が疲れないことが夫への思いやりにもつながる」と考えていますが、「夫より先に倒れられないし、死ねない」というのが本音。先が見えない状況にいることに変わりはありません。
■50代の若年性認知症の女性が施設を使えないワケ ケアマネージャーが担当している50代の若年性認知症の女性の事例も挙げます。 「高校生・大学生の子ども2人と夫、義母と暮らす50代の若い女性の認知症患者です。本人も家族も現実を受け入れられない状態で、女性(嫁)と義母との関係も悪くなったと言います。介護保険サービス内で行ける施設は、主に80~90代を対象としたもの。この女性は、徘徊や困った行動、排泄の失敗もあるので『重度』なのですが、年齢が若いと入れる施設がないのです。デイサービスも週4回が上限。家族で面倒をみるのは難しい状況なので、現状、精神科病院の施設か遠くの有料老人ホームを探すという選択肢しか残されていません。ケアマネとして、家族との仲を調整し、社会資源を活用しながら女性の居場所を考えています。このままでは家族崩壊に至る場合もあるので、調整役として頭を悩ませています」
■プロでさえ音を上げる、尋常ではない“若若介護” 今回のインタビューや取材で明らかになったのは、被介護者が50代の場合、歩くことができたり、頭がはっきりしていることも多いため、かえって不穏・攻撃的な態度をとったりする傾向が目立つということでした。「車いすになってホッとした」という意見がありました。要介護レベルが高まったことが介護する側の救いになったとは悲しいことではありますが、これが介護の現実なのです。 また50代の介護の場合、本人や家族の精神的な戸惑いやギャップが大きいため、環境に適応できず、介護による家族崩壊の危機もあり得ます。そして、被介護者が若いため、「この先、何十年も続くのか」「20年以上続く介護もあると聞いた」など、未来に希望が持てず、絶望感にさいなまれるのです。 先が見えない“若若介護”に関しては、筆者も残念ながら有効な解決策が見いだせていません。

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