脳卒中患者を講師に 全国で登録し予防の重要性語る

NHK 2018年12月8日

 日本人の死因で3番目に多い「脳卒中」について、医師などで作る日本脳卒中協会は、病気のリスクが十分知られていないとして、みずからの体験を語る患者を全国各地で登録し、講演活動を通じて予防の重要性を訴えていくことになりました。
 脳卒中は、脳の血管が詰まる脳梗塞や、血管が破れる脳出血などがあり、去年は11万人が死亡していてがんや心臓病に次いで3番目に多い死因となっています。
 患者の半数近くは体のまひなどの後遺症が残り、介護が必要になるというデータもあり、喫煙や過度な飲酒、運動不足などの生活習慣を見直すことで、発症のリスクを下げられます。
 専門の医師や患者などで作る「日本脳卒中協会」は、多くの人に脳卒中のリスクを理解してもらい予防の重要性を訴えようと、年明けからみずからの体験を語る患者を全国で養成していくことになりました。
 「スピーカーズバンク」というこの取り組みでは、過去20年間に体験記を協会に寄せた1000人以上の患者の中から、講演が可能な人を探して参加を呼びかけ、全国48の支部ごとに1人以上、講師として登録します。
 協会の担当者が、人前での話し方や要点のまとめ方など指導し、各地で開かれる講演会に派遣する計画です。日本脳卒中協会で副事務局長を務める山本晴子医師は、脳卒中は重い後遺症が残るケースが多いため、がんなどに比べて自分の体験を語る患者が少なく啓発活動が遅れていると指摘しています。
 山本医師は「予防できる病気でありながらほとんどの患者は発症するまでその怖さを知らない。医者が訴えるよりも患者が同じ目線で語るほうが心に響くと思うので、講演活動を後押ししたい」と話しています。

患者多数も啓発活動に遅れ
 「脳卒中」は、脳の血管が詰まる「脳梗塞」や、血管が破れる「脳出血」、それに「くも膜下出血」などを合わせた総称です。
 厚生労働省によりますと、脳卒中で死亡した人は、去年1年間でおよそ11万人にのぼり、がんや心臓病に次いで3番目に多い死因となっています。
 脳が傷つくことによって体のまひや言語障害などの後遺症が出ることが多く、滋賀医科大学の調査では、7年前の時点で、全国の推計で年間29万人が発症し、このうち半数近くは介護が必要になるとされています。
 発症する人は、働き盛りの30代から増え始め、60代から70代にかけてがピークとされ、今後、高齢化に伴ってさらに患者が増える見通しです。
 一方で、喫煙や飲酒、それに運動不足などの生活習慣を見直し、高血圧や肥満、糖尿病などに注意すれば、発症のリスクを大きく下げることができるとされています。
 しかし、国立循環器病研究センターの山本晴子医師によりますと、重い後遺症が残るケースが多いため、がんなどに比べて体験談を語る患者が少なく、啓発活動が遅れているということです。
 山本医師は「がんのように患者が自分の体験を語ることで、予防が意識され対策が前に進む面もある。患者の声を社会に届けるための仕組み作りが必要だ」と話しています。

45歳で発症患者の後悔
 仙台市に住む会社員の細川貴司さん(51)は、5年前、営業部門の管理職だった45歳の時、会議中に突然、意識を失って倒れました。すぐに病院に搬送され、命は助かったものの、右半身のまひや認知機能の障害が出ました。
 脳の血管が破れたことによる「脳出血」でした。長時間働き、食生活も偏っていたという細川さんは、当時、脳出血の大きなリスクとされる高血圧の状態でした。1年に及ぶリハビリをへて、営業から内勤に移ることで職場復帰を果たしましたが、今も歩くにはつえが必要で、話したい言葉がすぐに出てこなくなる後遺症が残っています。
 脳卒中を発症する前は、クロスカントリーや自転車などスポーツを楽しんでいた細川さんは、「自分の血圧が高いことは自覚していたが、それが脳卒中のリスクになるとは知らなかった。思うように動いたり話したりできなくなり自分の存在意義が見いだせない、つらい時期もあった。病気になる前に戻れるなら、もう少し体のことをケアしなさいと自分に言い聞かせたい」と話しています。

「スピーカーズバンク」とは
 「スピーカーズバンク」の取り組みを考案したのは、日本脳卒中協会の理事で、自身も脳卒中を患い10年以上、講演を続けてきた会社員の川勝弘之さんです。14年前、48歳のときに脳の血管が詰まる「脳梗塞」を発症し、歩いたり物を取ったりする動作を素早くできなくなったほか、言葉が思うように出なくなり、一時、うつのような状態に陥りました。
 「自分と同じ思いをする人を1人でも減らしたい」と、勤め先の社内セミナーで体験を語ったのをきっかけに、これまでに全国各地で300回以上講演を行い、およそ2万4000人に、予防の重要性を訴えてきました。講演を聴いた人から、脳卒中の前兆に気づき早期に治療できたと感謝されたこともありましたが、社会全体にリスクを知ってもらうには個人の活動では限界があると感じていました。
 そこで注目したのが日本脳卒中協会が20年前から募集を続けている患者の体験記です。体験記を寄せた患者は1000人以上いて、この中から新たな講演の担い手を見つけ、啓発活動を広げていきたいと考えています。
 5年前に脳卒中を発症し、リハビリを続けている仙台市の細川貴司さんも講師として登録される見通しです。
 川勝さんは、「かつての自分も含め、脳卒中のリスクを知らない人があまりにも多いと感じている。患者になった自分にしか語れないことがあり、今後、仲間を増やして、脳卒中でつらい思いをする人を1人でも減らしたい」と話しています。

欧米では患者による啓発活動盛ん
 脳卒中の患者による啓発活動は、欧米では、すでに大きな広がりを見せています。
 平成4年にイギリスで専門医や患者が中心になって設立された、「英国脳卒中協会」は、イギリス国内で年間10万人以上とされる脳卒中の発症の予防と、発症後の生活支援に力を入れています。
 脳卒中のリスクを下げる生活習慣の改善方法や、発症後に利用できる生活支援サービスなどについて専門の相談窓口を設け、去年は電話やメールなどで1万8000件以上の問い合わせに対応したということです。
 また、患者やその家族が自身の体験を語るインタビュー動画や記事を団体のホームページなどで発信しているほか、脳卒中のリスクに注意を呼びかける大規模なキャンペーンにも取り組んでいます。
 こうした活動は、多くの患者やボランティア、それにチャリティーによって支えられていて、イギリスだけでなく、アメリカやスイスなどでも患者による活動が行われているということです。

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