口腔ケアで尊厳を守る 終末期医療に歯科医師も参加 

中日新聞 2018/11/21

 病院や在宅で、終末期のチーム医療に歯科医師が積極的に関わり始めた。口の中の衛生を保ち、口臭や感染症にかかるのを防ぐ。こうしたケアは、最期までその人らしく生きることにもつながっており、本人や家族の大きな支えとなっている。
 「お父さんよかったね。口をきれいにしてもらって安心したよね」
 東京都八王子市の陵北病院。歯科衛生士が専門の器具を使って口の中の汚れを落とすと、既に意識がない男性(89)に、妻が声を掛けて涙ぐんだ。男性は脳梗塞の後遺症で要介護になり、誤嚥(ごえん)性肺炎で入院。口からでなく点滴で栄養を摂取するようになってからも、口腔(こうくう)ケアを受け続けた。意識があるころは「口で食べさせたい」との妻の強い希望もあり、数日間、歯科医師らが立ち会い、一日一回、くだいたゼリーを食べることができた。
 終末期の口腔ケアは、口の中の乾燥を防いで臭いが出るのを抑えたり、粘膜を保護して感染症にかかりにくくしたりする効果がある。「人生の最終段階に歯科が関わると、患者が安楽な状態を保てることが分かってきた」。同病院副院長で歯科医師の阪口英夫さん(56)は言う。
 在宅診療でも、歯科医師がみとりまで関わるケースが広がってきた。東京都世田谷区で開業している粟屋剛さん(40)は、脳梗塞で寝たきりとなり、経管栄養の男性=当時(73)=の訪問診療をしたことがある。
 男性は重い嚥下(えんげ)障害で口の中の乾燥がひどく、舌の上や上あごなどにあかのような汚れがこびりつき、呼吸困難の原因にもなっていた。粟屋さんは男性が亡くなる三日前まで二週間に一度、歯科衛生士とともに訪問し、汚れを除去する処置をした。すると、男性は穏やかな表情になり、介護していた兄も男性に「ゆっくり眠れるね」などと声を掛け、安堵(あんど)した様子だったという。
 「最期にいつもの口腔ケアを」と、病院での臨終場面で、頼まれたこともある。粟屋さんは、みとりに歯科医師がかかわるのは「最期まで人間らしく生きたいという思いをかなえること」と話す。

◆介護保険や歯科教育も対応
 高齢者が穏やかに暮らすための介護・医療の多職種による「地域包括ケアシステム」では、歯科医師の関与が重視されている。
 寝たきりになっても、食べる能力がどれだけ残っているかを診断し、誤嚥予防や食事の指導をするのは歯科医師の仕事。体調が悪化し、食べ物などをのみ下せなくなった後も、誤嚥性肺炎の防止や、穏やかな呼吸のために乾燥を防ぐなどの口腔ケアは不可欠だ。
 介護保険でも口腔ケアは重視されている。医師や歯科医師、介護職、嚥下に問題がある人を支援する言語聴覚士(ST)らのチームが、施設の入所者の食事の様子を観察する「ミールラウンド」は、二〇一五年度の報酬改定で加算の要件になった。
 大学教育での対応も進み始めた。大阪歯科大の高橋一也教授によると、歯学部のある国公私立大全部で老年歯科の講義があり、90%で口腔ケアや摂食嚥下リハビリなどの実習を実施している。高橋教授は「歯科医師の意識を、虫歯治療から口腔という消化器を守る仕事へシフトさせたい」と話す。

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