所得と教育レベルで決まってしまう「命の格差」
毎日新聞 2018年9月16日
日本には「いのちの格差」がある。低所得の人、十分に教育を受ける機会を得られなかった人、非正規雇用の人など、社会的に困難を抱えた人たちはうつや認知症リスクなどの健康指標が悪く、死亡率が3倍も高い。そんな格差社会を是正したいと「健康格差社会への処方箋」(医学書院、2017年)という本を出した。
寄せられる意見にはいろいろなものがある。「ここまでひどいとは。なんとかすべきだ」などに交じって、食生活の乱れや喫煙など、本人の努力で変えられることがあるのだから「健康は自己責任だ」という声も多い。ゴールド免許のように、努力している人の健康保険料を安くしようという提案もある。
確かに一部には本人の責任もある。一方で、子どもや新入社員のように、自己責任とは言いがたいものも多い。
望んだのに学費が払えず大学進学を諦めた。望んだわけではないのに配属された職場がストレスに満ちていた。たまたま生まれた家庭が貧困だった。そんな人たちの健康が奪われている。子ども時代に貧困にさらされていた高齢者で、うつの発症が3割も多い。
一見、自己責任と思える行動選択の背景にも、成育歴など経験の影響をみることができる。
解決の柱は社会保障機能の強化
学習性無力感をご存じだろうか。電気ショックから逃れようと何度努力しても、無駄に終わった経験を重ねた犬を使った有名な実験がある。犬はやがて「努力しても無駄」「運命は自分の努力では変えられない」という無力感を学習してしまう。その後、たとえ電気ショックから逃げられる条件下になっても、不幸な運命を受け入れるという選択をしてしまう。
犬と人間とは違うだろうか。貧困の中で育った子どもたちの、自己制御や逆境を乗り越える力は低い。東大を卒業し、有名企業に就職するなど、成功体験を重ねてきた優秀な新入社員でも、長時間労働など過酷な労働環境にさらされ続け、自殺した不幸な例を日本社会は知っている。自己努力の限界を超える環境要因のために健康を損なう例は少なくない。
公害や薬害による健康被害が確認されれば、患者の責任でなく企業責任が問われる。大き過ぎる格差や教育保障不足、長時間労働の規制の不十分さなど社会環境に起因する健康被害が確認された時、社会の責任も問われるべきではないか。
健康格差の問題を重くみた世界保健機関(WHO)は、是正に向けた提言を出している。その一つが、社会環境の改善であり、社会経済格差の是正である。
社会保障の財源は、高所得層ほど多く負担し、低所得層ほど給付をうけているから、所得の再分配機能がある。つまり、社会保障の機能強化こそ、健康格差対策の柱である。
<千葉大予防医学センター教授の近藤克則さんが執筆する毎日新聞専門家コラム「くらしの明日 私の社会保障論」を、医療プレミアでも紹介します。健康、不健康の背後にある社会的要因についてみなさんと一緒に考えます>
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